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星降ル夜ノアリアドネ  作者: 東上春之
第一章 戦乱の始まり
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第四話 戦乱の始まり その四

更新です。Twitterでも活動しているので是非。「あやかしばかし」という作品も連載しているので見てみてください。

 朝食を食べ終え、片付けも終えるとジャンヌがこちらに来いと視線を送ってきた。

 時刻は七時半を過ぎた所。今日の入学式は九時三十分開始で晴人は最終確認のために八時半には来てほしいと言われていた。車を使えば二十分とかからない訳で十分余裕のある朝であるが、ゆっくりし過ぎる理由もない。


 とは言え今の晴人にジャンヌ以上に優先する事項はないため、食洗器に食器を入れ終わると彼女の座るソファに向かった。いつものように彼女の隣に腰を下ろし、肘置きに置いた腕で頬杖をついて窓の方へ視線を向けている彼女に「ジャンヌ」と晴人が声をかけようとすると「んっ」と右手をこちらに差し出してきた。

 晴人は左手でその手を包み、ギュッと力強く握る。そうするとジャンヌも同じように握り返し、二人の太腿の上に置かれた手は決して離れることはないと主張するように固く結ばれていた。


「・・・学校は、楽しめそうか?」


「どうだろう。前にも話したけど面倒事にだけはこと欠かないかもな」


 そう晴人が言うとジャンヌの握る力は一層強くなった。


「傷つかないか?」


「今更増えても些細なものだよ」


「正体がバレたりしないか?」


「それは少しあるかもな。名前は変えてもらってるけど癖みたいなのでバレるかもな」


 晴人の事情を知る人間はジャンヌ以外では同じ大隊の隊員と参謀本部のごく数名のみだ。ネット上に出回っている動画にはファーレスによる戦闘の一部始終しか映っていないが、もし異常な程見返している人間がいるとしたら何かに感づいてしまうこともあるかもしれない。

 もちろん晴人の冗談であるとジャンヌも分かってはいるし、晴人もジャンヌが言いたいことが別にあると分かっている。


「私にできることはあるか?」


 陽の光に照らされた彼女の表情は神々しいなんて言葉が陳腐に聞こえてしまう程に美しく、太陽に透けるブロンドの長髪、人形以上に人形らしい整い過ぎた目鼻立ち、光がなくとも自ら輝きを放つ紺碧の双眸、一言一言が蠱惑的で甘美な声音。

 彼女らしくない弱気な言葉が彼女の暴力的な美しさに彩られるとその魅力に引きずり込まれそうになる。だけど、同じくらい彼女の瞳の中に自分だけが映っているという事実に晴人は表情が緩んでしまう。だからいつだって彼は彼女にこう言うのだ。


「ずっと傍にいてほしい。それだけで俺は満足だよ」


「謙虚なんだか欲張りなんだか」


 人一人の人生を望むことは大いに欲張りというものだ、それが大きく欠けた者であっても。彼が望むのは、欲するのはいつだって平穏であり、安心であり、そんな彼に彼女はいつだって彼の望む平穏を、安心を提供し、そして彼の執着が彼女の心を満たしていく。

 他者からの干渉や好奇の目が嫌いだったジャンヌが晴人の執着とも言える愛情にどうしようもなく心躍らせ、心狂わされるようになったのは晴人の犯した最初で最後の大罪だろう。


 晴人の言葉に呆れたジャンヌは悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなったのか繋いだ手を離し、晴人を抱きしめ、彼の心臓の鼓動に耳を澄ませた。

 晴人は生きている、生きようとしてくれている。そのことがただただジャンヌには嬉しかった。生きているという証が、それを示す確かな鼓動が唯一、ジャンヌの心に凪をもたらし、彼女の生きる意味であり続ける。


「何かあったら必ず知らせるんだぞ」


「約束する、絶対」


 晴人が「学校まで来られたら目立ってしょうがないからな」と付け加えればジャンヌはクスッと笑みを浮かべ、晴人から身体を離した。ソファから立ち上がると台所へ向かい、IHコンロのボタンを操作してセットされているポットを温め始めた。彼女の表情がいつものものに戻ったのを確認して晴人はホッと一息ついた。


(こういう時、もっと気の利くことを言ったり、スマートに言葉をかけてあげられたらジャンヌにあんな顔させないのにな。・・・もっと教えてほしかったです)


 ジャンヌが淹れてくれたコーヒーを飲みながら雑談でもしていたらすっかり八時を回っていた。


「もう八時か。そろそろ行くよ」


「そうじゃないだろ」


「え、本当に毎朝送迎する気か?」


「迎えにも行くさ」


 晴人と会えなくなる時間を徹底的に取り返そうとするジャンヌの姿勢に若干の驚きと気恥ずかしさを覚えながらもそれ以上に嬉しいと思ってしまう晴人も大概だ。


「面倒じゃないか?」


「お前の身辺情報をカバーするために私にも二ヶ月の休暇が言い渡された。当分は大人しくフランス人の親戚と暮らしているとでも思っておけ」


「いや俺聞いてないんだけど。まぁそれは置いておくとしてじゃあ俺がいない時間は何するんだよ、家にいたって暇だろ?」


「ここからでも大隊の職務はこなせるし、お前の身辺を探ろうとする者がいればそれを報告するのも仕事の内だ」


「・・大変じゃないか?」


「晴人、お前はもっと欲張りになれ。もっと望め、もっと欲しがれ。全部私が叶えてやる。申し訳ないと思うならもっと私を求めろ。それが一番さ」


「ぁーもう、いっつも思うけどよっぽどジャンヌの方がズルいだろ。そう言われたらお願いするしかないじゃんか」


 頭をかきながら、はぁと息をもらす晴人。一年くらい前から時々彼女は「欲張れ」と言うようになった。それが意味する所を良く理解しているからこそ晴人はあまり欲張ろうとは思わなかった。

 タガが外れてしまうと思ったから。一度欲張ることを覚えてしまえば際限なく彼女を求めてしまうと思ったから、まぁ結局はまんまと彼女の温もりに絆されている訳だが。


「あぁそれでいい。そうだ、ちょっと待て晴人」


 ジャンヌの言葉に晴人は足を止め、彼女の方へと振り返った。すると彼女はスッと晴人との隙間を埋め、肩の位置が片方に寄っていた制服のシャツとネクタイを整えた。

 仕事に出る夫の身支度をする妻のような、新たな環境に身を置く弟を心配する姉のような、逢瀬に向かう恋人同士のような、絡み合う視線は常にお互いだけを映し、色を付けることを憚られるような空間がそこにはあった。


「よし。これでいい」


 そして最後にジャケットの襟を真っ直ぐに伸ばし、仕上げを終えるとジャンヌは満足したようにホクホクとした顔を浮かべた。頬を緩ませる彼女に思わず、晴人は両の手を彼女の腰へと絡め、唇を塞いだ。瑞々しく柔らかくけれど、それ以上に果実なんかよりもずっとずっと甘い彼女の唇に意識を奪われていると一際強く彼女の視線を感じた。

 やっとかと言わんばかりに見つめ返してくるその瞳の奥にはゆらゆらと紫紺の炎が揺れ、もっと欲張れと本能に訴えかけてくる。晴人は自分に逆らわなかった。自然と回していた腕に力が入り、どこにも逃がさないように彼女を抱き留めた。


 ジャンヌは晴人に人生を狂わされたなんて笑いながら言うけれど、彼女の奥に見える炎に晴人がどれ程惑わされたことか。彼女は決して認めようとはしないだろうが、晴人が彼女の瞳の奥に揺らめく炎を見る時は決まって彼女の唇は三日月のように歪んでいるし、晴人が彼女に対して執着する素振りや態度を見せるだけで彼女の心は一気に晴れやかなものとなる。

 愛なんて酷く歪で、独り善がりな傲慢なものだと人は言うが、全くもってその通りだ。なぜなら本当の意味で愛し合う者なんて究極的にお互いに執着し合い、求め合い続ける者なのだから。


 ジャンヌが晴人の歯列をなぞろうとした時、晴人は「ふぅ」とわざとらしく息を吐きながら顔を引いた。これからという所で離した彼の意図を分かってはいるが、ジャンヌはわざとらしく唇を突き出して不服を訴える。

 そんなジャンヌに晴人は彼女の唇を指でなぞり、額に軽く口付けをした。


「続きは帰ったらな」


「・・まぁ今日はそうしてやる」


 これは帰ってから大変だなと晴人は元から締めていた覚悟の帯を締め直した。

 今日は入学式のみのため荷物はないに等しく、制服の乱れを整えて二人は家を出た。エレベーターで地下の駐車場まで降り、用意された黒の普通車に搭乗して運転手を譲らなかったジャンヌの運転の元、晴人は士官学校へと発進した。


 士官学校へは約二十分の道のり。晴人がジャンヌと他愛のない話をしているとすぐ近くまで着いてしまっていた。校門の前で降りると流石に目立ってしまうため、少し離れたショッピングモールで下車することになった。

 その際、降りようとする晴人を降りさせないようにするという事態は特に起こらず、ジャンヌは「適当に日用品でも買って時間を潰しておくから」と中へ入っていった。


(寄り道厳禁ですか、そうですか)


 言外に伝わる微妙な催促を心に留めて晴人は歩き出した。

士官学校に行くよりもこっちを優先したい気持ちが出てしまいました。

本当に次回が士官学校編の始まりですかね。

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