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星降ル夜ノアリアドネ  作者: 東上春之
第一章 戦乱の始まり
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第二話 戦乱の始まり その二

更新です。満を持して士官学校編、開幕です。(追加)エピソードに変更を加えました。

Twitterでも活動しているので是非。「あやかしばかし」という作品も連載しているので見てみてください。

 二〇五〇年八月十八日。この日はある少年にとってあらゆる出来事の始まりの日であり、決別の日でもあった。十三歳になったばかりの少年には辛く、重く、命の儚さをその身をもって味わい、思い知りそして、全てを背負った。そんな日であった。

 この日、日本国防軍は自由共和連邦を共に形成する同盟国である「ヨーロッパ統一連邦」からの要請で祈上雄一郎大佐率いる日本国防軍関東方面軍第一師団第一機動大隊はドイツ州ハンブルクにて行われていた「第五世代ファーレス」の完成セレモニーに出席していた。


 セレモニーは予定通り進行していたが、ヨーロッパ統一連邦ドイツ州現地時間西暦二〇五〇年八月十八日午後零時三十四分。セレモニーが閉幕した直後のことだった。上空から三発のミサイルが飛来し、突如会場が爆撃され、瞬く間に基地全体は火の海に包まれていた。

 基地全体が混乱と業火に包まれる中、襲撃者達は最新鋭のファーレスを強奪しようと企てた。襲撃者の一人が機体を起動させ、仲間と共に撤退される寸前、「祈上雄一郎大佐」が試作品として別の倉庫に格納されていた第五世代機に乗り込んだ。彼によって襲撃者達は壊滅し、敵勢力に最新鋭機の情報が渡るのを未然に防ぐことに成功した。


 以上の情報は後に「ハンブルグ事変」と呼ばれるこの事件を「一条和真特務中佐」から聞き取ったものであった。


 祈上雄一郎の一人息子、祈上晴人は二〇五〇年八月十八日。自身の身以外の全てを失った。もう二度とあの日々は帰ってこない。父と話をすることはもうない。姉のように慕い、それ以上に想ってくれていた家族のような彼女達も、もういない。晴人は幼い頃に既に母を亡くしており、十三歳にして晴人は天涯孤独の身になった。


 日本国防軍関東方面軍第一師団第一機動戦闘大隊がヨーロッパ統一連邦ドイツ州ハンブルグにて新ロシア帝国からの襲撃を受けてから約二年。十五歳になった祈上晴人はこの春から「日本国防軍第一士官学校」に首席として入学する。


 士官学校はその名の通り国防軍に入隊する士官を育成するための教育機関であり、入学時点で一兵卒と同様に扱われ、卒業すれば准尉として国防軍に組み込まれる。一学年百八十人、三十人一クラスで士官科と機工科の区分のみが存在するが、士官科の中では軍内に血縁者がいる軍属派閥とその反対の無血派閥の二つの派閥が形成され、代々暗黙の了解のように学内で対立していた。


 入学式の一週間前に新入生代表挨拶のリハーサルのために他の新入生より一足早く士官学校を訪れてい晴人は閉鎖的空間で発生する特有の空気の悪さを感じ取っていた。

 差別が起こっているとまではいかないが、いかにも自分は選ばれたエリートですとでも言いたげな態度で中庭を歩く生徒。一方でそんな者達を目の敵にするように眉をひそめる生徒達。

 表立って対立していた訳ではないが、面倒事が多そうだと晴人は肩をすくめたのだった。


 そんな士官学校だが、意外にも機工科はそういった対立はあまり見られないらしい。もちろん機工科にも血縁者が軍内にいる者も一定数在籍しているが、士官科と違って競争がある訳ではないためか科内の雰囲気は穏やかで講義を受ける棟や食事をとるエリアも異なることも相まって士官科の一触即発な空気とは無縁なようだった。

 加えて機工科に高圧的な態度をとる軍閥派も多くないらしく、整備に手を抜かれて自身の成績に影響するようなことがあっては上級士官学校への進学にも響くため多少要求が面倒であったり、必要以上な調整を要望する者も見られたらしいが、問題にするようなことは起こっていないそうだ。


 というのもこういったことを晴人が知っているのはリハーサルの後、校舎案内を受けた際に現統括本部本部長を務める士官科の三年生から教えられたのだ。実際は統括本部への勧誘の方がメインだろうが。

 統括本部というのは士官学校内における生徒の統括と執行を担う学生機構であり、運営は七人で行われている。その下に五つの組織が付随し、学内を取り仕切っている。


 教官が関わるのは最低限で基本的に学生主導で運営され、統括本部の最高責任者は代々士官学校長が務めることになっているらしくここ十五年は「沖田兼彌」元旧統合幕僚長が務めている。統括本部本部長「宮内瑛作」第三学年主席は沖田学校長を非常に尊敬でき、誰よりも真っ直ぐな人物であると語っていた。


 二時間かけてリハーサルと勧誘が終わると校門まで宮内に送られ、「また入学式で」と手を振られた。統括本部など面倒極まる組織に身を置く気はないので晴人は「いえ結構ですと」頭を下げた。

 晴人はこの日に他の統括本部メンバーを紹介しなかったのは後日改めてという意図が隠れていたことを理解していたため、都合よく解釈されないように「紹介は結構だ」とはっきり断ったのだ。そんな晴人の様子を見て瑛作は不敵な笑みを浮かべるのだった。

 そんな一週間前の出来事があってこれから晴人は入学式に向かうために起きる訳だが、朝から大変厄介な事態が起こっていた。


「んん~」


「んん~じゃねぇよ。今日から学校行くって言ってただろ、早く離してくれ「ジャンヌ」」


 晴人がそう言うと逆に背中に回った腕が脇の下から肩辺りまで伸び、絶対に離さないと言わんばかりにがっちりと晴人の身体を抱き留める。


「はぁジャンヌ、そんなに寂しそうにしてくれるのは嬉しいけどこれから俺は学生なんだ。藤田中将も言っていただろ?」


 まだ足りないと言っているのか、彼女の力が一層強くなる。昨日の夜もあんなに説明したのに。

 晴人は彼女の太陽に透ける白に近い金色の髪に指を通し、癖一つ、傷一つなく腰の上辺りまで伸びる髪を少しいじる。観念してはぁとため息を吐き、彼女の肩に腕を回して耳に唇を近づけた。


「・・・今のままだとジャンヌと一緒にいられなくなる、それが一番だから。」


 世界中で彼女にだけ聞こえるように晴人はそう言った。そんな言葉に満足したのか肩口に顔をうずめてまるで彼女自身を刻み付けるようにギュッと晴人を抱きしめる。


「なぁ晴人」


「どうした?ジャンヌ」


「お前にとって思い出したくもないことだろうがあの日のことを私は」


「ジャンヌ。俺の寝言はそんなに酷かったか?」


「・・・離してはいけないとそう思ったよ」


「そんなにか。情けないなぁ」


「そうじゃないんだ。私が」


「ジャンヌ」


「そんな顔をしないでくれ晴人。分かったよもう言わないから」


「それでいい。さっ起きるぞ」


 晴人がベッドから起きようと身体に力を込めようとした時、彼女は晴人の腕を引っ張り不満げな瞳を向けた。


「・・・まだ」


「・・・」


「まだだぞ」


「ジャンヌってそんなに可愛かったっけ?困惑するんだけど」


「言い出したのはお前だろう」


「嫌だなんて言ってないだろ」


 彼女に引かれた腕で肘をつき、彼女に覆いかぶさるように身体を起こす。顔の横に置かれた彼女の右手に左手を這わせる。何度も重ねてきたのにどうしてこの手はいつも心を穏やかに包み込むように安心させてくれるのだろうと晴人は思った。彼女の眼差しのように暖かくて、彼女の笑顔のように柔らかくて、彼女の声色のように心地いい。


 この手が身体に触れる度にそこから彼女の暖かさが流れ込んで冷めた身体を溶かしてくれて、ぽっかりと穴の開いた心に彼女の熱が注がれて欠けた存在が満たされる。だから、これは貰った熱を彼女に返しているだけ。けれど貰った熱を同じ分だけ、いやそれ以上にして彼女に返せているだろうか?

 ピッと閉じた瞼の裏に秘められた紺碧の宝石はいつもこちらを見てくれていて、その寒色に似合わない眼差しがこちらに向けられる度に彼女の視界が自分で一杯になっていることがこれ以上なく嬉しく、その奥で真っ黒な炎が揺らめく度にどうしようもない高揚に包まれる。


 お互いの熱が隅々まで行き渡れば満足したのか彼女は顎を引き、額を晴人に合わせて声を漏らして微笑んだ。頬に沿わせていた左手で晴人の頤を撫でれば、晴人は少し困ったように眉を落とし、また顔を傾けた。


「もう満足ですか、お嬢様」


「私が求めたみたいに言うな。キスをしたのは晴人からだ」


「はいはい、満足したのね。それじゃあ起きますか」


 ベッドから出る前にもう一度だけ体温を交換して、晴人は朝を迎えた。窓際の壁に備え付けられた液晶を操作するとカーテンが自動的に開かれ、寝室に朝日が差し込んだ、といっても時刻はまだ六時を少し過ぎたところ。

 浜松町から市ヶ谷にある士官学校までは車で二十分前後、電車でも一時間とかからない。では何故晴人がこんなにも早く起きるのかといえばそれは、


「今日はいつもより短めにするから」


 毎朝欠かさずランニングに行っているからである。基礎体力をつけるため、そしてもう二度と大切な人を失いたくなくて始めたことだったが、思いの外静けさの残る街が好きになり、いつの間にか朝六時に起きて服を着替え、ランニングに出発するということが日課になっていた。


「分かった。湯舟は張るか?」


「いやシャワーにするよ」


「分かった。車には気を付けろよ」


 いつも彼女は晴人がランニングに行く時は必ず気を付けろと言う。例え前日にちょっとした行き違いで険悪な雰囲気になっていたとしても、珍しく彼女が感傷的な気分になって一人になりたいと思っていたとしても。彼女は必ず晴人に気を付けてと言う。

 元気で生きて欲しいから。


「あぁ。行ってきます」


 彼女の口からそんな願いを聞いたのは彼女と暮らし始めてから三ヵ月が経った頃だった。かなり無理矢理な約束のさせ方だったが、晴人が頷いたのは何よりも真剣な彼女の瞳に死にたがっている自分が映っていたから。

 彼女との約束を胸に今日もまた扉を開け、朝焼けを浴びにマンションを降りる。トントンとつま先を鳴らし、祈上晴人は走り出した。

いざ始まった士官学校編ですが、まだ朝焼けです。やはり始まりは朝起きるところからです。新たな始まりは朝日と共に。

「ジャンヌ」。彼女は一体誰でどうして晴人と一緒に暮らしているのでしょうか。

士官学校編お楽しみください!

キャラ名:祈上雄一郎おりがみゆういちろう祈上晴人おりがみはると沖田兼彌おきたかねよし宮内瑛作みやうちえいさく

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