夢の続き-⑧
急須の載った盆を片手に客間に戻ると
「ややっ! それはなんとありがたい!」
と孤舟に向けて言う父の感激の声が桃子を出迎えた。もう話が始まっているらしい。
まったく、私のお客様なのに、父様ったら。孤舟様も孤舟様だわ。
桃子は少し拗ねた気持ちでお茶を出す。父の前には軽く音を立てて置いてやったが、父は一切気にせず目を輝かせたまま、桃子に言った。
「聞け、桃子! 狐山町の次の陰陽師様は、この土司様になったそうだ!」
「まあ! 本当ですか?」
孤舟は頷き、
「所轄は特例で金条家が受け持ち、鉱山の管理も金条のほうから人が出ますが、一帯の守護に関しては俺が引き受けます。金の陰陽師が引き続き、という話もあったんですが、前まで二本角の鬼は山の上の水晶に封印してあったものを、今回は山自体に封印したこともあり、土の陰陽師で、ここに馴染みのある俺がやるのが一番良かろうとのことで。かつての宝生邸に居を構えることになりました」
と穏やかに請け合った。これには桃子の拗ねた気持ちも霧散する。
孤舟様と左近くんに、また近く暮らせるだなんて!
「俺は弟子を持っていませんので、ここを守るのは俺の世話役の左近と二人になります。人数が少なく、行き届かないこともあるかと思いますが、精一杯努めますので、どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしく頼むぞ、桃子の父様!」
「いやいや! 土司様が来てくださるだけで、百人力です! 本当にありがたいことだ! こちらこそ、よろしくお願いいたします!」
「お父様。どうか、孤舟、とお呼びください。そのほうが慣れているので」
「は、左様で。では、娘同様、孤舟様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。で、あー……本題というのは、これじゃなくてですね。いや、これでもあるんですけど」
モゴモゴ、と孤舟は口の中で言い、その後も、あー、とか、うー、とか散々唸って体を前へ後ろへ揺らした後、
「早く言え、孤舟!」
と左近に背中をべしりと叩かれて、ようやく覚悟を決めたように顔を上げた。
「実は、その、ここに移り住む機会に、……結婚を、したいと、考えていまして」
「ははあ、それは何より」
「その、……桃子さん、あ、いや、お嬢さんと」
「………はあ?」
父が素っ頓狂な声で問い返す横で、桃子はお盆を胸に抱えたまま身動きできずにいた。
何を言われているのか理解できなかった。
先に正気を取り戻した父が、勢いよくその場に立ち上がって叫ぶ。
「な、はっ!? 結婚、結婚って、……うちの娘とですか!?」
「はい。お嬢さんが良ければ、そのつもりで」
孤舟は狼狽えてあうあう唸っている父から桃子に、真っ赤な顔を向け直し、
「ど、どうでしょう? 桃子さん。その……あなたが良ければ、なんですが、その……あなたが俺にしてくださったように、俺が世界で一番、あなたを、大切にいたしますので、って桃子さん!?」
「桃子、大丈夫か!」
予備動作なく、ごろんと後ろに転がった桃子を案じて、孤舟と左近が泡を食って呼びかけてくる。が、何もかもが遠く感じた。
心臓はばくばくと鳴っていて、顔には瞬時に、はちきれそうなほどの熱が溜まっていく。
耳鳴りがする。胃の底が熱い。唇が震える。
「………ええ?」
結局、桃子がやっとの思いで絞り出したのは、そんな間抜けな二音だけだった。
桜はとうに散り落ちて、若い緑が栄華を誇る、盛夏のことだった。




