夢の続き-③
憤懣やるかたなく家路についたが、熊山の脇をくぐって町に入り、道場から聞こえるこどもたちの掛け声が聞こえる段になったら、やっと落ち着いた。
若武者だろうが、救国の乙女だろうが、桃子は桃子だ。
ここで自分にできることを、こつこつと積み上げて行くしかない。
背中に収まった木刀の硬さを感じて気持ちが改まり、「ただいま」と綺麗に整えられた玄関門をくぐった。途端に
「おかえりなさーい!」
と、道場から出てきた休憩中のこどもたちが、声を上げて駆け寄って来る。
「桃子先生、どこ行ってたのー?」
「ちょっとそこまでよ」
「先生、髪取れちゃったの、結ってー」
「ああ、これね、ちょっと待って……はい、できた」
「ありがとう!」
「桃子先生、聞いて! 私、さっき平太から一本取ったの!」
「あんなのまぐれだろ!」
「なによ!」
「ふんっ!」
「こら、そこ喧嘩しないの」
いがみ合うこどもを引き離して間に入る。
以前より門下生が増えると、同時に揉め事も増えた。特にこどもたちは今日、今この瞬間の勝ち負けを気にしがちだ。桃子は常に忙しく立ち回っている。
それでも、やはり生徒が増えるのは嬉しい。志をともにする仲間ができたような気がする。それに、これは桃子個人の喜びだが、女生徒が増えたのが何より嬉しかった。
入り口は救国の乙女への憧れでも、いつかは剣を好きになって、たとえ鬼と戦わなくても、何かの役に立ててくれたら良いと密かに願っている。
「聞いてよ、先生! 俺、今日から練習試合出してもらえるんだ!」
「あら、すごいじゃない」
ひっきりなしに声がかかる中、自慢げに胸を張ってきた生徒の一人を、桃子は素直に褒めた。
父の道場は、足のさばき方から刀の握り、多少の打ち合いを経て、ようやっと試合の形式に出させてもらえる。初心者が闇雲に打ち合うのは怪我の元だから。
つまり、試合に出る、とは、練習をきちんとこなしたとも言えるし、それだけ長く続けた証明でもある。
「よく続いてるわ。感心だこと」
「へへっ! 俺、いつか先生みたいな防人になってさ、鬼を斬って殺してやるんだ!」
無邪気な声の勢いに、頬を打たれた気分になった。それでもなんとか気を取り直し、考えた末、
「……いい鬼も、いるかもしれないわよ?」
と諭すことにした。
当然、夢を否定されたように思った生徒はすぐさま反発する。
「ええ? 桃子先生、何言ってんだよ! 鬼にいいやつなんかいるわけないじゃん! あいつら、人を喰うんだぜ?」
「うーん。でも私たちも、肉は食べるわ。それと同じよ。それに、剣は敵を斬るためにあるものじゃないわ。人を守るためにお使いなさい」
生徒はしばらく仏頂面で考え込んでいたが、やがて
「先生の言ってること、よく分かんねえ!」
と言って、友人たちの中に走って行ってしまった。
まあ、そりゃそうだ、と桃子も思う。桃子だって、ついこの間までそんなことは考えもしなかった。でも、いつか彼が桃子のような事態に陥った時、この言葉は希望の種になるはずだ。そう思えば、何もかもが無駄ではない。
「ほら、休憩終わりだ。中に入りなさい。……桃子も、一緒にやるなら急げ」
「あ、はい! じゃあ、ちょっと手を合わせてからにします!」
「うむ」
戯れているところに父が声をかけ、生徒たちは自然と道場に戻っていく。父は桃子にも声をかけると、再び道場に引っ込んだ。今日は父の稽古の日だ。
桃子はあれから、この道場を継ぐ決意を固めた。今は週に一度、門下生に稽古をつける機会を父から与えられながら、指導の仕方から己の技術まで、父に一から教えを乞い直している真っ最中だ。迷う間、剣から離れていたせいか、以前はできていたことがめっきりできなくなっているのだ。
もちろん、もどかしい気持ちも、逸る気持ちもある。だが、あの時間がなければ、今ここにはいなかった。あれもまた、無駄ではない。




