土司孤舟-㉓
「ふ、……あははっ、あはははは!」
潮の後ろ姿をすっかり見送ってしまうと、孤舟は腹を抱えて笑った。そうして後ろを振り返り
「桃子さん。あなたって、本当にすごい人だな」
としみじみ告げる。
全くもって何もかも自分の功績ではないと思ったが、孤舟が楽しそうなので、桃子はあえて訂正せず、曖昧に笑ってみせた。
そこに
「どいてくれ、頼む、通してくれ! この上に娘がいるんだ!」
と声が響く。
町の人々や、残った水の陰陽師たちをかき分けてやって来る、父の姿が見えた。
「父様!」
「桃子! 全く、お前というやつは、人の話も聞かずに……!」
近づこうと歩き出すと、飛んできた父にすぐに胸に抱えられた。ぎゅうぎゅうと絞るように揺らされて、痛い、と口にすると、ようやっと放してもらえた。
父は父娘再会の場面の横で所在無げに立つ孤舟の姿を見つけると、わずかに驚いたふうだったが、桃子を横にどかすと、
「陰陽師様でいらっしゃいますね」
と声をかけた。孤舟がもごもごと、「ええ、まあ、」と返すと、父は問答無用でその手を握り、拝むように頭を下げた。
「娘を守ってくださり、ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます……!」
涙混じりのその声に、桃子の目にもじんわり涙が滲んだ。
孤舟は一切のためらいなく握られた手を見つめ、
「……いえ、とんでもない。守っていただいたのはこちらのほうです。心根の美しい、素晴らしいお嬢さんですね」
と返した。それにもやっぱり泣けてきて、袖でこっそり涙を拭う。雨が全て隠してくれるといいのだけど。
飽きずに孤舟を拝み倒している父に、どうしたものかと顔を上げた孤舟と目が合った。それに、ふふ、と笑うと、孤舟もまた、困ったように笑みを返した。
やがて父の気が済むと、もうこの山に倒すべき敵はいなさそうだと気づき始めて、ポツポツとその場を離れ出す町の人の群れと一緒に、桃子たちも山を降りた。
孤舟が山を元の通りに直しながら降りると、家紋の付いた人力車を用意して孤舟を待ち構えていた潮の面々が、一斉に礼をした。それに孤舟は恐縮したように頷く。
孤舟は桃子を振り返ると、
「……では、また」
最後にそう言って、少し悩んでから、右手をおそるおそる差し出してきた。
桃子はその手を万感の思いで両手で握り、
「……はい! また」
と返した。
きっともう、会うことはないのだろう。そんな予感がした。
けれど、そんなことは考えてもいないように笑った。
手が離れ、孤舟が人力車に乗り込む。小さく手を振る彼に、思い切り両手を振り返す。
人力車に乗って遠くなっていく孤舟を、桃子はずっと手を振って見送った。
いつしかその姿が米粒ほどになって、涙で滲んだ目では到底見えなくなるまで、ずっと。
雨はいつしか上がっていて、爽快な陽の光が狐山町を照らしていた。




