土司孤舟-㉑
「そ、そんなことが、できるわけ、」
「できますよ」
孤舟は冷たく言い放った。
口元だけで笑む様子は、思わず平伏したくなるほどの、壮絶なまでの美しさ。
人間の定義を根底から揺るがす、何もかもを見透かす神のごとき微笑だ。
「忘れました? 俺は土司の怪物。文字通り、大山鳴動することなど訳も無い」
宝生の顔からはみるみる血の気が引いていく。
「黙れ……黙れ黙れ黙れ! っ怪物風情が、私の土地を探ろうなどと、言語道断! あなたにはここで消えていただく!」
平静を失った宝生が腕を振り上げると、地に刺さった剣が一斉に抜けた。剣は宙でくるりと回ると、切っ先を孤舟と桃子に定める。
孤舟が羽織を叩き、迎撃せんとこちらも手をあげる。
「少し前なら、それでもいいと思っていたんですがね。でも残念。友に背を押されて、人生を賭してやりたいこともできた。全力で足掻かせていただきますよ」
辺りに殺気が漲った。衝突の予感に、桃子は覚悟を決めて身を低くする。
その時、遠くから声が聞こえた。
「……まぁ〜……」
「さまぁ〜っ……」
幾つもの声が重なったそれは、やがて大きな響きとなって、山をものすごい勢いで駆け上がってくる。
「宝生様ぁ〜っ!」
「金の陰陽師様ぁ〜っ!」
だんだん聞き取れるようになった声は、明らかに宝生を呼んでいる。宝生はギョッと振り返り、震え上がった。
「あれ……則爺?」
「あああっ、桃子ちゃん! 無事だったか〜!!」
山道を登ってくる壮年の男を目に止めて、桃子は呆然と口に出した。則爺もまた、桃子を認め、駆けてきながら手を振っている。
その後ろには、さらなる人、人、人。
大波のような声とともに山の下から、町の人たちが大軍となって押し寄せてきていたのだ。
その手に銘々、斧にツルハシ、武器となりそうなものを持った町人たちは、山慣れしているが故に、あっという間に宝生のところまで辿り着いた。そして当主を取り囲むと、口々に思いの丈をぶつけにかかる。
「お力になりたいと思い、馳せ参じましたあっ!」
「どうして言ってくれなかったんです、狐山に鬼が封じられてるって!」
「そうですよ、水臭い! 言ってくだされば、儂ら、ちゃあんと準備いたしましたのに」
「そうです! 町を守るためなら、命だって惜しくありません!」
「な、何を貴様ら、あ、いや、あなた方……!」
宝生の当主はおろおろしながら、チラチラと孤舟たちを見る。
これだけの衆人環視の中で、陰陽師をその手で討つわけにはいかない。しかも相手は町の娘を庇うようにして立っているのだ。
「ど、どうやってここまでいらしたんです……? 山に入るのは危険だから、陰陽師たちに命じて、下で通行止めをしていたはずですが……」
しどろもどろに尋ねる宝生に、町人たちは「ああ、それなら」と後ろを振り返る。
その視線の先、黒い羽織を纏った集団が山を上がってきた。その中心、同じ羽織の朴訥そうな青年が進み出て言った。
「私がお通ししたんですよ」
「う、潮家のご当主様……!?」
宝生が叫んで一歩退がる。一族郎党を引き連れた、潮家当主であった。
「勝手とは思いましたが、山に詰めかける町の人々の熱意に押されまして」
にこり、と穏やかに微笑む潮に対し、宝生はますます凍りつく。




