土司孤舟-⑳
こんなことなら木刀のほうを持ってくるんだった。それでも、敵う相手ではないけれど。
冷や汗を流していると、孤舟が桃子の前に進み出た。
「確かに、俺は半人半鬼。ですが、陰陽師でもある。あなたが倒すべき相手ではないと思いますよ。それも、居合わせただけの只人諸共とは、あまりに物騒な言い分では?」
「はっ! 鬼を匿う陰陽師がいるものか! ここで殺したほうが世のため人のためになるというもの、」
「そうですか? 本当に、それだけですか?」
「何を馬鹿な……!」
「いやはや。てっきり俺は今の今まで、あなたが俺をここから追い出そうとしているのは、俺が半人半鬼だからだとばかり思っていた。俺に殺されるかもしれない。そういう不安が、あなたを狂気に走らせているのだと。だが、彼女の口封じまでするつもりとなると、話が少々違ってくる。あなた、——何か隠し事がありますね?」
孤舟の追及に、宝生の肩が震える。
「おかしいと思ったんですよ。俺をただ探りたいなら、あなたの右腕本人が来るほうがずっと早く済む。たとえその場で俺に殺されたとしても、あの気概だ。腕輪の男は鬼を討ち果たすためなら、命を惜しむ男でもないでしょう? わざわざ只人を送り込んだ理由が、ずっと分からなかった。何か、彼が来られない特別な理由があったんじゃないですか?」
「今度は私を罪人扱いか!? ふざけるな、言いがかりも甚だしいぞ!」
「なら、なぜ彼女を殺そうとする」
「っその小娘を殺すのは、後で冤罪などと騒がれると面倒なだけよ!」
「彼女がどんなに俺を庇う証言をしたところで、人類の敵を討ち果たしたのだから、あなたの有利は変わらないはずだ。殺す必要はない。ただし彼女が……あなたの罪を暴く情報を聞いたのならば話は別だ」
「それは、」
「荒木は最後に何を報告した。言え!」
孤舟の大喝に、ぐ、と宝生が口をつぐみ、桃子を射殺さんばかりに睨みつけた。
私が、何か知ってる?
一体何を?
ぐるぐると頭が高速で回り出す。
一体どれだ? 最後の報告っていつ? 私は何を聞いたの? さっき、「止める間もなく言われてしまった」って言ってた。なら、荒木が口を滑らしたんじゃない。孤舟も知らないようだから、違う。じゃあ、じゃあ、あと話したのは……——
その時、ふと桃子の脳裏に左近の残した言葉が浮かび上がった。
——お前、山で見たことあるぞ! お前が桃子の嫌いなやつだったのか!
「そういえば……左近くんが、山で戦った時に言ってた。腕輪の男のこと、山で見たことがある、って」
山頂で対峙した時、左近は荒木と初対面ではなかったのだ。
桃子の言に、宝生がぴたりと動きを止める。顔が歪み、鼻の付け根に爆発寸前の皺が寄る。
「なるほど」と孤舟は頷いて
「山歩きをしていた左近に、何か見られたんですね?」
と言った。
「はっ。俺の泥人形が秘密を探り当てたのを知って、さぞ焦ったでしょう。あれを俺の意思で動かしていると思って。すぐに左近が俺の意思で動いているのではないと気づいたけれど、俺にあなた方の秘密を告げ口していない保証はない」
嬲るような孤舟の声色に、宝生の呼吸が一気に浅くなる。
「いつ祖父に告げ口されるか、戦々恐々としていたのでは? とは言え、俺と祖父の不仲は、陰陽師なら誰もが知るところ。俺が祖父に訴え出るかも、その訴えを祖父が鵜呑みにするかも、未知数だ。下手に突つけば蛇が出る。だからあなたはまず、俺を探ろうとした。取引の余地がありはしないかと。荒木自身が来なかったのは、左近がまだ俺に秘密を漏らしていなかった場合の保険だ」
「や、山で偶然行き合っただけだ、ここは我々の所轄、どこで何をしていようと、我々の勝手、」
「なら、この山全てを掘り返してみましょうか?」
は、と宝生は浅く息を吐いたきり、呼吸を止めた。
「何も出なかったら、あなたの勝ち。何か出たら、俺の勝ち。どうです? 悪い話じゃない。あなたが潔白だというなら、証明の機会を蹴るなんてしませんよね?」




