土司孤舟-⑲
勘違いが恥ずかしくて一方的にぶつけていると、不意に濃い影が落ちた。新たな雨雲かと振り仰ぐと、
「危ない!」
と孤舟の叫びとともに桃子は空を飛んだ。
いや、正確には足元の土が高速で盛り上がり、桃子を空に射出した。
「……っきゃああああ!」
空中で勢いが死に、落下する段になって、ようやっと喉から叫びが出た。しかし、すぐに足元に緩やかな下り坂が出現し、桃子はそこを滑り降りて坂の終点——孤舟の腕の中に飛び込むことになった。
そのすぐ後、鍔迫り合いのような硬質な音が幾重にも重なって、先ほどまで桃子と孤舟のいた地点に剣が降り注いだ。あそこにあのままいたら、串刺しになって死んでいただろう。
「避けられましたか。流石は土の陰陽師筆頭、土司家の末代。お強くあらせられる」
声とともに男が一人、向かいから、山をゆるりと上がってきた。白い羽織を纏った、背の低い初老の男だった。口元と眉間に深く入った皺が目につく。
目を白黒させる桃子の耳元で
「そうだった、こういうのもあったんだった。くそ」
と孤舟が小さく悪態をついた。
その間に、木々の隙間から白い羽織を纏った者たちが次々踊り出て、あっという間に二人は取り囲まれてしまった。
「一応、どなたか聞いておいても?」
孤舟の問いに、男は慇懃ぶった丁寧すぎるとも取れる礼をした。
「私、宝生家当主、宝生厚聡と申します。五年前にチラとご挨拶させていただいただけですので、お忘れなのも無理はない」
「ここには何をしに?」
「それはもちろん、鬼退治でございます。私はこの山を預かる、勤勉な陰陽師でございますから」
「そうですか。ですが、一足遅かったですね。すでに封印は成りました。あなたの出る幕はない」
「ははあ、それはありがたいこと。土司様にはこの五年、文字通り身を粉にして封印にご助力いただき、宝生家一同、大変感謝しておりますよ。代表して、厚く御礼申し上げる」
「それはどうも」
腰を折ったまま、宝生は顔だけで孤舟を見る。ぎょろりとした目が、弓形に細められた。地を這うような笑い混じりの声が言う。
「だが、まだ鬼退治は終わっていないと見える」
「と言うと?」
「——半人半鬼の、あなたがまだ残っているではありませんか」
「口を慎んでください!」
宝生の名を聞いて、呆然と成り行きを見守っていた桃子は、あまりの言いように声を張り上げた。
「この方は、あなたの代わりに狐山町を救ってくださった恩人ですよ! 感謝こそすれ、そのような侮辱……許せません!」
「なんだ、あの娘は」
「狐山町にある道場の一人娘です。荒木様の件で裏鬼門に飛ばされていました」
宝生の横に控えていた男が耳打ちする。
「あれが荒木の言っていた小娘か。ふん、諸共始末して、後で大事になっても面倒だ。峰打ちで済ませろ」
「それが、最後の荒木様からの報告では……」
また男が耳打ちする。宝生は最初頷いて聞いていたが、やがて深く眉根を寄せ、報告してきた男の顔を鬼の形相で見る。
「なぜそのような……!」
「止める間もなく言われてしまったそうで」
「くそっ!」
宝生は吐き捨てるように言うと、「まあ、仕方あるまい」と首を振る。
「諸共殺せ」
「は、ですが、」
「つべこべ抜かすな。こうなった以上、他に道はない。只人一人くらいなら、鬼との戦いに巻き込まれて、命を落とすことなどザラにあろう」
宝生が顎で桃子を示すと、周りの陰陽師たちは互いに顔を見合わせながらも、桃子と孤舟のほうへと向き直る。
桃子はとっさに刀に手をかけた。しかし、金の陰陽師とやり合うのに、鋼でできた獲物は悪手だ。




