土司孤舟-⑱
孤舟が左近の柱のような太い指に触れる。
「……ありがとう。もう十分だ」
——そうなのか。
「ああ。……君が復讐を止めるなら、俺も、もういい。君が代わりに、俺に優しくしてくれたから。もういい」
——ふぅん。
機嫌良さそうに返した左近の指が横にずれ、離れていく。それに、桃子は思わず手を伸ばして触れていた。左近の大きな目がさらに丸く開かれる。
「ありがとう、守ってくれて。……左近くんは、とびきりの良い子よ」
柔らかく撫でると、左近が、ふふん、と笑った。懐くように一度押し返され、今度こそ宙に離れていく。
——なら、どこまでも行け、孤舟。身体を取り戻せたのなら、行きたいほうへ行け。オマエはどこにでも行けるし、どこに行かなくても良いのだ。
「……うん」
——……オレはしばらく寝る。周りの人間に、ゆめゆめ起こすなと言っておけ。
そう言って、左近は目を閉じ、地響きを上げながら両の膝をついた。この優しい鬼には、今度こそもう二度と会えないのだと思うと、桃子の目からはとうとう堪えきれずに涙が出た。
「……ありがとう。すまない、左近。——戊の封、急急如律令」
左近の足元から土が盛り上がって、水を飲むように左近を飲み込んでいく。それはあっという間に左近の腰までを飲み込むと、すぐに顔まで到達し、やがて角の先まで一部の隙もなく、ぴったりと閉じた。
轟音と振動が収まり、空の赤が霧散し、後には小降りになった雨の音だけが響く。
孤舟が歩いて行ってしゃがみ込み、閉じた山を撫でた。しばらく会話でもするようにそうしていたが、やがて立ち上がり、戻ってくる。
「……お疲れ様でした、孤舟様」
桃子の声がけに「うん」と孤舟はこどものように頷く。
「……降りましょうか。きっと、下で、町のみんなが待ってます」
言うと、孤舟が緩く歩を進めたので、桃子も歩き出した。
「孤舟様が陰陽師だと聞いたら、父も、みんなも、びっくりするだろうな。うちの父、陰陽師の方を本当に尊敬しているので……ええっと、」
場を明るくしたくて、意味のないことを喋りながら先導する。だが、すぐに馬鹿なことをしている、と恥ずかしくなった。
「……すみません。私、こういう時、面白い話の一つもできなくて。しかも自分の話ばかり」
「そんなことはありませんよ」と、すかさず孤舟の気遣いが飛ぶ。孤舟のほうがよほど悲しいだろうに、と思うと、ますます自分が情けなくなった。
母が死んだ時、周りはどうやって桃子を慰めてくれたのだったか。心の内で思い出そうとしていると、
「桃子さん。あの……」
と声がかかる。
「はい?」
「……その、」
言い出しにくそうに揺れる瞳に、振り返った体勢のまま桃子は首をかしげる。その時、ふと自分が先ほど言った言葉が鮮明に頭の中で再生された。
——あなたが好きだからです。
——あなたを、好きになったからですよ。
「違うんです!!」
気づいたら否定の絶叫が口をついて出ていた。顔が茹でられたように熱くなるのが分かった。
「ちが、違う、いえ、違くはないんですけど、あれはほら、なんていうか、その、死を近くに感じて、ちょっと気分が高揚して、ついというか、……ねっ!?」
「え? あ、はい」
「本当は言う気なんかなくて、だって、孤舟様と私じゃ身分も格も違いすぎますし、釣り合いが取れないし、だから本当に言う気なくて、……そもそも孤舟様が強情なのも良くないと思うんですよ、私!」
「す、すみません」
「ああああ違う、謝ってほしいわけじゃなくて、その、だ、だから、け、け、……結婚してほしいとか! そういう望みがあって言ったんじゃないので!!」
「……結婚」
「そこだけ拾わないでください!!」
「そうか、そういう……すみません、友達として、みたいな話かとばかり」
「だから、深く掘らないでくださいってば!!」
なるほど、とばかりに頷く孤舟に、半泣きで抗議する。と、孤舟は「いや、違うんですよ」とこちらも否定から入る。
「俺が呼び止めたのはですね、まずあなたを騙していたことを、改めて謝ろうと思ってだな……」
「……き、聞かなかったことにしてください」
「え?」
「さっきの! まるっと全部! 聞かなかったことにしてください!」
「え、でも、」
「でももかかしもなーーーいっ!!」




