土司孤舟-⑮
左近はゆっくり下ってくる。孤舟もゆっくり上がりながら考える。
友人に使いたくはないが、一度動きを止めるために、術を使うべきか。あちらに理性が残っているといいんだが。
その時、誰かの声が聞こえた。女性の声だ。
孤舟は、まさか、と思って振り返る。
そこには泥だらけで山を駆け上がってくる、一人の若武者がいた。
「来るな!!」
そう叫んで手を出した。制止の合図に、桃子はピタリと立ち止まる。そのまま、何かを見極めようとする顔でこちらを見ている。
雨と暗さで見えないのか、と思ったが、すぐに、この異形に覚えがないのだと気づく。彼女には熊の姿でしか会ったことがない。
「……ここは、危険です。即刻、安全地帯まで退避してください。具体的には町の外まで。これは只人の介入することではありません」
慇懃無礼を装って突き放す。危険な目に遭わせたくなかったし、この異形が、彼女の知る土司孤舟だと悟らせたくもなかった。
どうかこのまま、気づかず去ってくれ。
あのまっすぐな瞳が、歪むところを見たくない。
しかし、孤舟の祈りとは逆に、桃子は唇を引き結ぶと、強く一歩踏み出してきた。
一歩、また一歩、半ば駆けるようにして近づいてくる。
あまりの勢いに怯んだ孤舟が一歩退くと、制止のために掲げていた手を、むんずと掴まれた。驚いて動きが止まる。
「な、にを、」
「——孤舟様」
息を呑む。
「孤舟様ですよね?」
確信の込もった再度の問いに、何も答えられずに黙り込む。それを桃子は肯定と取ったのか、はああ、と顔を伏せて深く息をついた。
「……なんだ。怪物だの、化け物だのと、散々言うから、見つけられないかと思いました」
桃子が顔を上げる。まっすぐな瞳が孤舟を見て、心底から安心したように垂れた。
「全然、人間じゃないですか。孤舟様。全然、なにも、変わらないじゃない」




