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山の上には熊がいて-④


 またえっちらおっちら町に戻り、今度は川沿いを南に上がって神社に向かう。


「おおい、桃子ちゃん」


 途中、向かって来る則爺(のりじい)に声をかけられた。狐山町で一番古株の鉱夫で、爺とまで言われているが、そう歳はいっていない。洞穴で土を掘り続ける鉱夫は、短く太くが宿命だ。

 鉱山からの帰りらしく、片手にツルハシ、もう一方には水晶入りのバケツを抱えていた。


「こんにちは、則爺。今日の収穫はどうです?」

「ボチボチだな。あの辺はそろそろ仕舞いかもしれない」

「あら。早かったですね」


 則爺は目を細めて山を振り返る。

 熊山の中腹にある鉱山は、開かれてそんなに経っていないはずだが、採掘量が減り、既に役目を終える段に入ったと言う。小さな頃から鉱山を掘り続けてきた則爺の言うことだから間違いない。

 則爺は気だるげに首を振り、


「また宝生(ほうしょう)様に頼んで、新しい場所を探してもらわねえとな」


 と言う。


 金や水晶のよく取れる狐山町と、その商売をしている三津川町の半分は、金の陰陽師である宝生家の所轄である。ちょうど乃明の家の手前辺りで、潮家と宝生家に分けられているのだ。

 新しい鉱脈を見つけるには、宝石や金、鉄などを司る金の陰陽師の力を借りるのが一番手っ取り早い。


「なら安心ですね」

「どうだかね」


 則爺はどこか鼻白んだ様子だ。


「宝生のご当主はどうも、がめつくていけねえ」

「またそんなことを言って……」

「もちろん、俺だってありがたいとは思ってるさ。けど、お上から給料だって出てるのに、何か頼む時、手ぶらで行くと機嫌が悪くなっちまう、あのご気性には付き合いきれんよ」


 宝生家の良い評判は、あまり聞かない。やれ、すれ違う時に犬を見るような目で見られただの、只人を馬鹿にしているだの、業突く張りだのと、とにかく悪評ばかりだ。

 しかし、


「陰陽師様方は、異術を使って、日夜人々を助けてくださる、ありがたい存在なのだから、もしもお会いした時には行儀よくなさい」


 そう父に言われて育てられた桃子には、世を渡るためのお追従といえども、こういった意見に賛同するのには抵抗がある。その上、桃子自身、宝生の当主とは会ったこともないのだ。


「どうせ来るのもご当主本人じゃない、下っ端さ。なのにまた一番良い水晶を持って御機嫌伺いに行かなきゃならんかと思うと、今から気が重い。おまけに、やれ鉱山の周り以外はうろちょろするなだの、仕事が終わったら山の上方には入るなだの、口うるさくって敵わん」

「うーん……」

「それに、あの二本角の鬼が蹴倒したとかで六年前に屋敷を建て替えたんだけどよ、昔の屋敷より随分豪奢で、俺ぁ、あっこに行く度落ち着かねえんだ。時々この辺りでお見かけする潮家のご当主様のほうが、よっぽど親しみが持てるねえ」

「え? こちらにいらしてるんですか? 潮様が?」

「ああ、たまに山でも見るよ。ただの散歩って感じでもないし、ご本人は隠したがってるようだから、こっちもわざわざ指摘はしねえけど」

「へえ……」


 桃子がなんとも言えずにいると、則爺は話を変え、


「ところで桃子ちゃん、刀も持たずにどこ行くんだい。まさかまた、縁結びのお参りかい?」


 と、ケラケラ笑った。

 桃子が暗い顔で黙り込んだのに気づいて、則爺は「おっと」と口をつぐむ。


「……駄目だったのかい? また?」


 こくり、一度頷くと、則爺はゆっくり天を仰いだ。

 横のつながりの強い、小さな町だ。最初の頃こそ、桃子が婿取りに奔走する姿はたまの娯楽とばかりに注目の的だったが、縁談が二回ふいになったあたりで、皆が目をそらすようになってしまった。


「……私だって最近は、そんな、刀ばっかり背負って歩いてませんし」

「ああ、分かる、そうだよな」

「ちゃんと、一端の女性らしくしているつもりで」

「そうとも、桃子ちゃんは立派な女性だ」

「結婚の準備だって、ちゃんと進めてましたし、」

「そうだ、三津川町の奴らは何も分かっとらん!」


 と、調子のいい相槌を打ってはいるが、この気のいい則爺も、孫を道場に差し出してはくれなかった一人だ。


「私の何がいけないんでしょう……」

「桃子ちゃんに悪いところなんか一つもねえよ! ……ただ、まあ、」


 則爺はそこで一度言葉を切り、


「たとえ貰い手がなかったとしても、桃子ちゃんにはあの道場があるじゃねえか! 継いだら弟子でも取って、ゆくゆくは筋の良いのに任しゃいいだろ!」


 と豪快に笑い飛ばした。


 もはやこの町の誰も彼も、桃子に婿が取れるとは露ほども思っていないのだった。



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