土司孤舟-⑭
「……やっと来たな」
孤舟は雨の中、ゆっくりと方向転換してこちらに降りてきた、額に長い二本の角を持つ赤い大きな鬼を見る。
裏鬼門の陰陽師たちが山を上がって攻撃して来るので、堪らずこちらに来たのだろう。目算通りだ。こちらに降りてくるよう、山の麓からなるべく動かずに待っていた甲斐がある。
孤舟は山を上がる。
このまま行けば、中腹より下辺りで左近に行き合うだろう。裏鬼門を守る陰陽師たちは、こちらに孤舟がいると知っている。山を越えてまで左近を追いかけては来ないはずだ。
孤舟よりずっと大人だった友人が、どうしてこの選択をしたのかは分からない。だが、二人きりで話がしたかった。
説得で止められるなら止めて、もう一度封印を施す。無理だったら、左近の持つ数多の命をここで使い切らせ……永遠に眠らせる。
それが陰陽師の仕事だ。
すでに孤舟は、まさか左近が、と思って油断していたのもあるが、相手の火事場の馬鹿力で封印を解かれる失態を犯している。
桃子の父や、桃子の愛する町を守るためには、どうしても左近をここで食い止めなければならない。
そして、たとえ左近がどのような意味で眠ろうとも、その末に、孤舟は自分を討たせるつもりだった。
相手は宝生でも、誰でもいい。
ただ、疲れていた。
本当はわざと力を緩め、左近に封印を破らせれば、身体などすぐに取り戻せた。だが、孤舟はそれをしなかった。
ただ祖父に、人を守る装置としても必要がないと思われるのが怖かった。
左近に身体をやっても良かったけれど、それでは永久に祖父の中で、土司の家名に傷をつける役立たずとして記憶されてしまう。それがどうしても嫌だった。
良き陰陽師になれば、迎えが来るかもしれない。そういう淡い期待を捨てきれなかった。愛されることを諦めきれなかった。
桃子を助けたのも、最初はそういう下心があった。
だが、もうほとほと疲れきった。あの山での穏やかな生活が失われて、もう生きていく意味を見出せない。友とも別れ、……春風のごとく現れた、優しく孤舟に触れた手も消えてしまった。
憎くて、悲しくて、苦しくて、許せなくて、殺してやりたいのは、本当は愛されたかったからだ。
祖父にも。他人にも。世界にも。
それが叶わないなら、世界なんかなくなれば良いと思っていた。
けど、世界をなくすより、自分を消したほうがずっと早いと気がついた。
きっと俺が消えても、誰も気が付かない。誰も泣かない。皆、胸をなで下ろす。そういう世界に生きるのは苦しい。
自分を愛さない世界を守り続ける存在でいるのは、愛されない自分がずっと惨めに思えて、苦しいんだ。
だから、殺したいと言うなら死んでやっても良かった。後のことなんか知るものか。最後くらい勝手にさせろ。そんな気持ちだった。




