土司孤舟-⑬
思えばいつの時も、自分よりも左近のほうが、ずっと大人だったように孤舟は思う。
左近は孤舟と暮らすようになってから、人に見られた時に鬼だと悟らせないよう、いつしか生肉を食べなくなった。どうやって知ったのだか、自らそうするようになったのだ。
左近は干し肉を食べ、切り離した己のたった一つの命を生き延びさせた。
初めての敗走で鼻っ柱が折れたのもあるだろうが、左近は常に素直で実直だった。
忠告に一度は顔を背けても、傾聴の姿勢と思考力があり、自分が悪いと思った時には、左近は必ず謝った。
その姿に孤舟は、彼が正しく担ぎ上げられたのだと知った。
左近は賢く、冷静だった。
「あのさ、あのさ、孤舟。あのさ、……左近、やっぱり、もう孤舟の身体は要らないかもしれない」
左近が孤舟の部屋にやってきて、散々迷った後、言いにくそうに切り出した。
ともに暮らすようになって、三年が過ぎたある日のことだった。
孤舟は仰天した。
「どうして? 復讐するんじゃなかったのか?」
「うーん、そうなんだけど、でも……もう、仲間はどこにいるか分からないし、探し出してまでするべきことなのか、分からなくなった。それに、孤舟は人間だろう? 左近は、もしかしたら、人間は嫌いじゃないかもしれないと思って」
「でも、俺には、半分は鬼の血が流れてるんだぞ? 普通の人間じゃない」
「うん。でも……」
「左近!」
それ以上言わせたくなくて、自然と大きな声が出た。
どうして許す。理解ができない。君を裏切ったやつだぞ。君を打ったやつだぞ。
どうして。
俺は、だって、君は、君だけは、俺と同じ気持ちだと、ずっと。
「孤舟は、まだ復讐したいのか?」
雨粒のようなその問いに、孤舟は目の前の鬼を信じられない思いで見つめた。
乱暴で凶暴。
倒すべき敵。
人を喰う怪物。
その血を含むから、お前もまた怪物なのだ。
そう言われて育ってきた。左近と話そうと思ったのも、怪物の由縁を知りたいと思ったからだ。
なのに、左近は怪物ではなかった。
左近は許しを知っていた。復讐が意味のないことを。この悲しみを分からせてやりたいと、嘆く心を手放して、先に進もうとしていた。
孤舟よりよほど、善性による生き物だった。
孤舟は観念して、ゆるりと首を振った。
復讐はもういいと言う左近を巻き込んだら、孤舟は彼に人々を襲わせたものたちと同じだ。
そうはなりたくなかった。
「いや……いいよ。分かった。なら、身体をやる話は無しにしよう」
「うん。あのさ、その話が無くても、孤舟と左近は……友達だよな?」
おそるおそるこちらを見る左近に、孤舟は笑った。
「もちろんだよ」
「そっか。そっか! なら良いんだ!」
左近もまたニッカリと笑い、
「なあなあ! 孤舟の身体は、左近を封印するために使われてるんだよな?」
「ああ」
「ならさ、左近が人間を傷つけない、良い子になって、封印がいらなくなったら、身体、返してもらえるかもしれないよな?」
「……そうだね」
左近のはじけるような笑顔に、孤舟は頷いた。
そんな日は来ない。
孤舟の身体が返ってくるとしたら、それは左近が死んだ時だし、たとえ返ってきたとしても、またどこか別のところに閉じ込められるだけだ。
そういう真実を言えずに。
ああ。この小鬼よりも、人間のほうが、よほど悪どいではないか。そうだよ。俺が怪物だったのは、鬼の血が流れているからじゃなくて、あの祖父と血が繋がっているからなんじゃないのか?
粘性の高い、どろりとした感情が胸の奥、ずっとずっと底のほうから溢れ出す。
憎い。
悲しい。
苦しい。
許せない。
……殺してやりたい。本当は。
左近は孤舟より、ずっと大人だった。
だから立ち止まったままの孤舟を置いて、手が届かないほど、ずっとずっと先に行ってしまうのだ。




