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土司孤舟-⑫



 父は当然、仰天して、反論した。


「どうして。お前だって、夢があるのは良いことだと言っていたじゃないか」

「ええ。でも、あの子の心にわずかでも迷いがあるなら、それはあの子の本当の望みと言えるかしら?」


 病床で額に青筋を浮かべた母は、


「桃子は良い子よ。だからこそ、本当には望んでいないのだと、私たちに言えなくなってるんじゃないかと思うと怖いの。死期の近い母親に、心配をかけないようにしているんじゃないかって」


 と涙ながらに訴えた。


「馬鹿なことを言うな。君は長生きする」


 目前に迫る別れの気配におののいた父はそう返したが、


「……お見合いで初めて顔を合わせた時は、どうなるか分からずに不安だったけれど、私、あなたの妻になって幸せでした。後悔はないわ。だからどうか、私たちの娘にも、悔いのない道を選ばせてやってくださいな」


 そう懇願した母には、結局頷き返せなかったという。

 父は額を右手で覆い、懺悔した。


「あれが最後の心残りだ。私は弱く、認められなかったのだ。自分の夢を託すものがなくなることを。だから、お前が結婚をしたいと言い出した時も、手放しで賛成してやれなかった。本当はもっと協力するべきだったのだと、今では思う。何を差し置いても、お前の選択を支持してやるべきだった。お前が家出などする前に……すまなかった」


 ——お母様の願いは、あなたの結婚ではなく、愛するあなたの幸せだったのでしょうからね。

 ——あなたは確かに愛されていたのだから。


 頭を下げる父の姿に、孤舟の言葉が蘇る。


 本当だった。

 本当に、母は、ただ、ほかの選択肢もあるのだと桃子に知らせたくて。

 私に、後悔なく生きてほしくて。


 桃子は道場の壁にかかった刀を取って腰に差すと、意気消沈している父の肩を掴んだ。


「父様、教えてくれてありがとう。母様の気持ちが分かって、本当に嬉しいです」

「桃子……」

「どうか狐山のほうには行かないで。町の皆を連れて、町からなるべく遠く離れてください。今は山が戦場ですが、失敗したら、町のほうにも被害が出るかもしれませんから」


 言って、道場を出る。その背を、父の叫びが追いかけてくる。


「おい、お前はどこに行く!」

「私は、行かなくては。孤舟様を、——私の大切な陰陽師様を、守りに行かなくては」


 最後に一度振り返り、父の姿を目に焼き付ける。それからすぐ、引き留められないように駆け出した。


 目指すは狐山。桃子の大切な人たちが、あそこで戦っている。


 右往左往する人。山に向かって祈る人。ただ呆然と立ち尽くす人。全てを横目に走る。

 と、どぉん! 一際大きな音を立てて、鬼らしき赤いものが三津川町のほうへと降り始めたのが見えた。桃子は分かれ道で一度立ち止まったが、すぐに三津川町側に回る。


 孤舟は左近を止めるために山へ向かった。ならば、あの赤を目指せば行き合えるはずだった。


「おぉい、桃子ちゃーん!!」


 則爺の声が聞こえる。足を緩めず声のほうを振り返り


「町から離れて! 早く!!」


 と大声で言い残し、また走る。


「桃子ちゃーん! 桃子ちゃんはどうするつもりなんだよぉ! そっちは鬼のいるほうだ! お願いだから、止まってくれよぉ!!」


 轟音の中、則爺の呼び止める声が、ずっと耳に残った。



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