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土司孤舟-⑪

 





「ぜっ、はあ、はあ! やっと、戻ってこられた……」


 桃子は肩で息をしながら犬山の麓に降り立った。慣れない泥道を下山して、足が子鹿のように震えている。正直、今すぐこの場に倒れ込みたい心境だった。

 だが、頭上から聞こえてくる轟音に顔を上げれば、まだ止まれないと思う。狐山の山頂に、赤い空にも負けない赤が、チラチラと動くのが分かる。


 あれが左近だろうか。分からない。けれど、あそこに孤舟がいるのは確かだ。


「よし……」


 桃子は藁笠を抱え直すと、家まで急ぐ。二人だったものを一旦どこかに避難させなくては。それから、孤舟のいる狐山に向かうのだ。


 もちろん、桃子だって分かっている。

 山を登ったところで、桃子にできることは一つもない。

 地震を起こすほどの力を持つ鬼に、只人が一体どうやって立ち向かえるだろう。


 けれど、ここでじっと、全てが終わるのを待つだけだなんて、そんなことはできない。

 右往左往する人を避けながら辿り着いた家の前には、狐山を睨んだ父が刀を持って仁王立っていた。


「父様! 父様ぁっ!」


 桃子は大声で叫ぶ。父はハッと振り向くと、ぼろぼろの桃子に駆け寄って来た。


「桃子! お前、今までどこに行っていたのだ!」

「説明は後でします! とにかく、この藁笠を、家の崩れないところに入れないと! 絶対に中の泥が落ちないように!」


 娘の必死の形相での訴えに、父は戸惑いながらも道場を開けてくれた。道場の中心に藁笠を置き、やっと人心地つく。だが、こうしてはいられない。すぐに出なくては。

 最後に一度、別れを惜しむように、ぎゅっと土たちを抱きしめる。


 ごめんなさい。

 本当は山で眠れたほうが、あなたたちは良かったのかも。

 人間のわがままに付き合わせてごめんなさいね。

 勝手でごめん。許してね。


 心のうちで唱えていると、背中に父の声がかかった。


「……すまない、桃子。お前に、道場を継ぐのに迷いがあるのは知っていたのに」


 父は後悔に苦り切った表情で、未だ轟音が鳴り響く中続けた。


「母様が、言っていたのだ。道場を継ぐのは、お前の本当の望みではないのかもしれないと」

「……え?」


 父曰く、母は亡くなる前日、父に桃子の将来について、


「ねえ。桃子が道場を継ぐ話、少し待ってあげてくれないかしら」


 と告げたと言うのだ。


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