土司孤舟-⑩
「だからオレは、自分で封印を解いて、復讐してやるのだ。オレを打ちのめした人間だけではない。オレを騙したアイツラも、みんな、みんなに復讐するのだ。だから……オマエの身体が必要なのだ。どうしても」
左近は言って立ち上がると、山にのろのろ向かっていく。分厚い体毛に覆われた狐の身体だが、両目の上あたりがそれぞれ、ふっくら盛り上がっているのが遠目でも分かる。
鬼は身体のどこかに角を持つ。それは一つだけの命を分けられた、ただの小指でも変わらない。鬼の命はそういう形をしている。動物は目ざとく、彼の違いを見抜くだろう。
きっとこの山で、左近は一人きりだった。
孤舟と同じように。
「……なあ。その皮、被って長いんじゃないか? もういつ破れてもおかしくないだろう?」
声に左近が振り返って、己の足を持ち上げて見た。
「ああ、うん。そうだな。……うん」
と力なく答える。
左近の狐の肉球は、遠目からでも大分すり減っているように見えた。そろそろ別の皮に乗り換えても良さそうなのに、そうしていないのは、裏切りにひどく傷つき、さすらう内に、自暴自棄になっているせいだろう。
このまま行かせたら、もう彼はここには来ないかもしれない。
気がつくと、孤舟はほぼ考えないままに
「俺がもう少し動きやすい身体を作ってあげようか?」
と提案していた。
左近は怪訝な様子だった。
「どうして? オレは、いつかオマエを喰うのだぞ?」
「そりゃそうだ。そういう約束だろ。そうじゃなくて……言っただろ? 俺も、人間が嫌いなんだ。俺の身体を使って復讐をするんなら、今から人間らしい身体の使い方に慣れておくほうが良い」
言って、孤舟は山頂の土で人形を作った。万が一誰に見られてもいいように、髪にあたる部分で分厚く額を覆い、角が見えないように工夫する。
狐はその人形の周りを、ぐるぐると回って検分した。そして孤舟と人形を交互に見て、傾いた日を確認すると、そっと狐の皮を脱いだ。そこには赤い肌の、小さな小さな鬼がいた。妖術で小指に体躯をかたどらせているのだ。
露出した赤い肌を、泥人形を操作し、隠すように覆う。小さな小さな鬼を胸の内に招き入れると、くぷくぷと音を立てて泥に飲み込まれていった。
泥人形の目が、意思を持って開く。
狐と同じ、真っ黒の大きな瞳。
「皮と違って、中身がみっしりと詰まっているこの身体は、慣れるまで少し動かしにくいかもしれない。それに、水はご法度。全身が濡れたら崩れて、真ん中に埋めた君の生身が露出する。だから、……そうだな。ここで暮らすと良い。幸い、雨をしのげる屋根はある。ただ、ここはいつ誰が半人半鬼を偵察に来るともしれない。だから、山を降りず、自分が鬼だとは誰にも悟らせないようにね」
「分かった」
神妙に頷いた左近に、孤舟は頷き返す。
「君はこれから左近と名乗る。この山頂から動けない俺のところにやって来た、一匹の狐の成れの果て。……君は、俺の友達だ」
パチリ、と瞬いた左近の瞳は、命の始まりのような赤い夕暮れの光を反射させていた。




