土司孤舟-⑨
「……オレは、何もかもを皆殺しにするために、オマエの身体をよこせと言ってるんだぞ。分かっているのか?」
「もちろん。封印されて怒ってるんだろう? 分かるよ。だから、君の復讐に手を貸すと言ってる。ああ、この場合は身体をやる、って言うのかな」
首をかしげ返すと、胡乱なものを見る目が、ひたりと孤舟を見据えた。
「なぜ? オマエはオレたちを殺す、人間だろう」
「言っただろう? 俺は人間に疎まれてる。そうなるとまあ、疎み返したくなるものでね。……俺も、人間が嫌いなのさ。人と鬼の間に生まれたこどもだからね」
ただ話を聞くためだけに賭けるには、大きすぎる代償だった。だが、孤舟のした封印が破られることは早々ないとたかを括った。
「オマエも、打たれたのか? 人間に」
「まあ、そうだね。打たれながら育ったかな」
慎重な声音での問いに答えると、
「……ふん。なら、契約成立だ。オマエの身体はオレのものだ」
と、狐は神妙に頷いた。
こうして孤舟は、二本角と呼ばれる鬼と契約を結んだ。
それから左近は約束通り、毎日孤舟のいるあばら屋にやって来て、ポツポツと事の次第を話し始めた。
聞けば、狐の中に入っているのは、左近の足の小指だという。
「少し前まで、あの封印はもっと緩かったんだ。それで、穴を見つけて、指を切り離して、命を一つ分けて外に出した。腹も減っていたし、外を自由に偵察しようと思って。そしたら、その後封印が妙にキツくなって、元に戻れなくなった。命一つじゃ、すぐに倒されて終わりだ。それに、身体もこれじゃあ……」
宝生家のみで封印が成されていた時のことだ、と、すぐ合点がいった。
陰陽師を出し抜けた、とほくそ笑んでいたのに、孤舟が来たことで、鬼の妖術で切り離した左近の一部は本体から完全に弾き出されてしまったらしい。
「それで? 仕方なく狐の皮を被って、自分の封印を外から解けるような、疑われない身体を探していた?」
こくり、と狐は悲しそうに頷いた。
別荘地を壊滅状態にまで追いやった強力な鬼、と聞いていたのに、随分と幼げな印象を受けた。てっきり、もっと人間に対する恨み辛みの深い、成熟した鬼だとばかり思っていた。
またしばらくの月日が経ち、話が深まってくると、孤舟の思った通り、左近は生まれて間もないこどもの鬼だと判明した。
ある日、日の落ちかけた夕方にやってきた左近は、そこで初めて己の人生を語った。
「オレは、命をたくさん持った、力の強いものとして山に生まれたのだ。だから群れにいた時は、オレのすることは全部許された。周りの奴はオレに、人間さえいなければ、我らは世界の覇者になれると言った。オレもそう思っていた。中には、人間に喧嘩をふっかけるな、それは種族全体を危険に晒すものだ、と、説教をする奴もいたけど、オレは弱虫の意見は聞かなかった」
「……だんだん、声が大きくなっていった。オマエならできる、人間を倒せ、我らの時代はすぐそこだ、って。オレは……本当は、ちょっと自信がなかったけど、そこまで言うならと、あの日、みんなの計画に乗って、住処だった山を降りて打って出た。だが、結果はこのザマだ。オレはまんまと封印された」
「でも、オレは怖くなかった。みんながすぐに助けに来ると思っていたんだ。だから待った。けど、いつまでたっても、誰もオレを助けにはこなかった」
「オレは良いように担ぎ上げられて、……見捨てられたのだ」
そう語る左近の真っ暗な瞳は、ぽっかりと開く奈落に似ていた。




