土司孤舟-⑦
「もう巻かなくても平気ですよ。治っています」
そう言っても、孤舟は聞かなかった。巻いた手拭いを撫でて、
「心配なので、巻いていてください。傷が完璧に消えるまでは」
と微笑んだのだ。
土が濡れないように藁笠を脇に抱え、桃子は立ち上がる。
藁笠いっぱいの土たちは、砂をぱんぱんに詰め込んだ土嚢のごとき重さだった。よろけそうになるのを、なんとかこらえて踏ん張る。
「なんっの……これしきっ!!」
玉のような汗が額から吹き出し、頬を叩く雨粒と混ざって顎まで垂れていく。笠がないから、垂れるままにするしかない。
水が目に入る度に頭を振って、時々泥で足を滑らせて死ぬ思いをしながらも、一歩一歩、踏みしめるようにして、赤く薄暗い獣道を下りる。
桃子は生涯、父に起きた悲惨な事件をなかったことにはできないし、それが鬼のせいではないとは、絶対に言えない。
生まれた時から父の腕はないものとして暮らしていても、時々痛む腕をさする父の背中を見て、父の左手に代わって茶碗に米をよそって育ったのだ。
あの男と同じ、少なからず鬼を憎む気持ちが、根底にある。
けれど、孤舟や左近を、完全な悪だとも思えない。
物事は多面体だ。
良い陰陽師、悪い陰陽師、良い鬼、悪い鬼……誰かにとっては良きものでも、誰かにとっては悪に成り得る。簡単に割り切れるものではない。
だから人は、今この時、自分の心が信じたものを選び取って、一つずつ、積み重ねていくしかないのだ。
その選択の先に、最上の未来が訪れることを信じて。
雨は止まない。それでも、歯を食いしばって進む。
——母様、ごめんなさい。
山を下りながら、桃子は亡き母に懺悔する。
望んだ娘になれなくて。
道場主の器でも、華のような淑女でもなくて。
このまま山で滑って死んだら、母様に最後に望まれた結婚も、できなくなってしまうわね。
半端な娘でごめんなさい。
何もできなくてごめんなさい。
でも、たとえ何者にもなれずとも、誰に笑われても、蔑まれても、自分の信じた道を、懸命に生き抜くことを誓います。
きっとこれからも、選択肢が出てくる度に迷って、悩むわ。自分には無理かもしれないと、また弱気になることもあるでしょう。もしかしたら、間違うこともあるでしょう。
けれど、きっとお約束します。
それがあなたの望んだ、理想の娘の姿ではなくても、必ずそうしてみせますから。
そうやって最後には私、最高の人生だったわって、笑ってみせますから。
だからどうか、いつかまた会えた時には、よく生きたわ私の宝物、と笑ってください。
希望と理想を持って、最後まで諦めずに生き抜いた、私をどうか誇りに思って。




