土司孤舟-⑥
「……孤舟様が、そう言ったのですか?」
男は息だけで笑う。
「まだ、あの怪物を信じているのですか? 言ったでしょう? 本当の悪人にとっては、自分を良い人間に見せることなど訳が無い。自分が欲するところと別のことを選べば良いのだから」
「本当に、」
反射的に声がこぼれ落ちた。
息を吸い込み、言葉を許すと、一気にまろび出る。
「本当にあなたが言うように、孤舟様が強大な力を持つ、人の心のない怪物なら……自分をよく見せることに、一体なんの意味があるって言うんです。私によく見せて、あなた方の油断を誘って、なんの得があるって言うんです。あなた方が真に脅威に思うような人ならば、復讐なんてすぐにでもできるはずでしょう? 機を伺う必要なんかない。世間知らずの娘ひとり、いつでもどうにかできたはず。でも、しなかった。優しくしてくださった。それは、あなた方に敵意はないと、本当に伝えたかったのではないのですか……?」
「……あなたは、騙されている」
「自分を騙しているのはあなたでしょう!? あの方は怪物なんかじゃない!」
絶叫すると、また涙が出た。
そうだ。
優しくしてもらった。恩人だった。理想の陰陽師だった。
なのに……ひどいことをしてしまった。
助けてもらったのに、半人半鬼と聞いて、瞬間的に目が曇った。
彼の本質を見れなかった。
自分とは違うと、一瞬で遠ざけた。
目の前で倒れているこの男と、私は何も変わらない。
男の喉から、ひゅー、と掠れた息が漏れる。
「あなたも、あの怪物を見たら分かります。恐ろしく、美しいんだ。あれは、怪物です。見目も、力も、何もかもが、そうやって生まれた……怪物……」
爛々とした目からは光が消え、今にも閉じてしまいそうだ。
脅威だった男からみるみる力が失われていくと、途端に悲しい気持ちになった。
この人に、ここまで言わせるものはなんなのだろう。
ここでの桃子の生活を追体験したはずの彼に、いっそ頑なに思えるほど、孤舟を怪物と断じさせるものとは。
倒すべきはずのものが身内にいる嫌悪。排他的感情。己よりも強い力への劣等感。脅威。相手を悪とすることで、保たれる矜持。……いや、もしかしたら、一緒くたにまとめて憎まなければ、立ち上がれない出来事があったのかもしれない。
手首を掴んでいた力が緩まる。今度こそ完全に気を失った男の指を、桃子はそっと腕から外す。体の横になるべく丁寧に揃えて置くと、袖で乱暴に涙を拭った。そして藁笠の上に左手の傷に当てていた手拭いを外してかける。
この手拭いもまた、今朝、孤舟が小さな陶器の体を駆使して巻くのを手伝ってくれたものだった。




