表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/76

土司孤舟-⑤

 




 山頂近く、孤舟の気配が消えてしばらく経っても、桃子は座り込んだままだった。

 山を降りるな、という言いつけを守っていたわけではない。ただ、動けなかった。


 ——誰も信じないことです。

 ——そうすれば、傷つかずにいられる。


 いつかの孤舟の言葉が、ひたすら頭を巡っていた。

 あれを、孤舟はどういうつもりで言ったのだろう。

 忠告のつもりだったのだろうか。

 実感の伴った、傷ついた人の言葉だと思ったけれど、本当は、全然違う意味だったのかも。


 呆然と座り込んでいると、地震でまた山が大きく揺れた。それに、完全に沈黙している腕輪の男の横で、山になっていた泥が崩れる。左近を形作っていた泥だ。雨で川ができ始めている。

 桃子は慌てて駆けていき、その泥がそれ以上散らばらないように抑えた。

 すぐ後、何をしているんだろう、と馬鹿馬鹿しい気持ちになる。


 もう、左近はここには宿っていないのに。

 ううん。それどころか、あの子は本当は狐じゃなくて、人を喰う鬼だったのに。


 しかし、どれだけ色々な言葉が胸の内から溢れても、手を放す気にはなれなかった。

 振動が一旦落ち着くと、桃子は立ち上がり、藁笠を探しに山を下った。男との攻防で、いつの間にか頭から外れていたのだ。

 少し下で見つけ、汚れを払うと、また戻り、まずは陶器の熊の残骸を笠の中に拾い集めた。すっかり集めてしまうと、また泥のところに戻り、それもまた笠の中に掬い集める。


 こんなものは、ただの泥だ。

 孤舟も左近も、もうここにはいない。分かっている。


 だけど、自分が触れ、労わり、慈しんだものである以上、無視して行くことはできなかった。


 山を上がって置いて行くにしろ、このまま下るにしろ、どこか一箇所に集めて、埋めるか何かして、偲んでやりたい。

 それが桃子の考える、彼らとの精一杯の別れの儀式だった。


 左近の冷たい手。孤舟の硬い背中。二人の柔らかい眼差し。それが、ただの土に還る。


 もう会えないんだ。

 あの日々は、もう帰ってこないんだ。


 掬う間、考えると涙が出てきた。


 優しくしてもらった。恩人だった。理想の陰陽師だった。

 なのに。


 全部嘘だったの?



 掬い終わって鼻をすすって泣いていると、不意にガッと手首を掴まれた。

「ひ、」と喉が締まる。

 精も根も尽き果て倒れ伏したと思ったあの男が、桃子の手を掴み、血走った目でこちらを見ていた。

 とっさに手を引こうとしたが、男は最後の力を振り絞りでもするように、より強い力を込めてくる。


「それを、」

「な、なんです……?」

「それを、どこに持って行くんです」


 桃子は言い知れない恐怖を感じながら


「と、弔うのです。どこかに埋めて」


 と返した。


「そんなことをしても、なんにもなりませんよ」

「それは、私が決めることです」

「ふ、ふ……あなたはまだ、ご自分が騙されていたことにお気付きではないようだ」


 男は桃子の腕をギリギリと絞りながら言った。


「あの怪物はね、本当は、すぐにでも術を返せたはずなんです。類い稀な陰陽師の力があるのだから。だが、間者としてのあなたをそばに置き、良い部分だけを見せ、あなたを通じて我々に己の潔白を見せつけようとした。本当は鬼を飼っていたのに。我々の油断を誘うため、あなたを利用していたんですよ」

「なぜ、そんな」

「あの怪物は、我々の土地から人間への復讐を始めるつもりだったんです。あの鬼を使って、全ての人間を殺そうと、」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ