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土司孤舟-①






 孤舟が目を開けると、そこは石造りの部屋だった。

 広さはそれなりにあるが、光りも差さず、装飾もない。ただ部屋の真ん中にポツンと一つ台座が置かれていて、自分はこの五年、ずっとその上に寝かされていたのだった。

 魂が不在のまま、鬼を封印する人柱として。


 まるで寝台にも、供物台にも、はたまた棺のようにも思えるそこから起き上がる。

 五年ぶりに、陶器の熊から人の身に還った。

 じっと己の手のひらを見る。両の手に残る、中心を横断する古傷は紛れもなく自分のものだ。

 孤舟を引き取った祖父は、息子の残した鬼の血を引く孤舟を無視し続ける代わりに、世話役を何人か雇った。彼らは半人半鬼の孤舟に陰陽師としての知識を叩き込みながら、事あるごとに孤舟を打った。


 ——この手に何も掴んではいけない。何も欲しがるな。

 ——怪物としての自覚を持ち、人に迷惑をかけないように。

 ——感情を持つな、ただ、人を守る装置として生きよ。


 折檻の際はいつも両手を開いて差し出すように言われ、中心を鞭で打たれた。仕置きと称して打たれたこともあれば、特に何かした覚えがないのに打たれたこともある。この手に残るのはその記憶だ。

 十歳の頃、陰陽師として桁違いの才覚を発揮してからは、ようやく打たれなくなった。それでも、祖父が孤舟を見えないもののように扱うのは変わらなかったが。


 幼い頃は、なぜお祖父様は助けてくれないのか、なぜ自分を無視するのか、と考えて泣いたこともあったが、今となっては、理由は明白。

 ただ、存在が気に入らなかったのだろう。

 孤舟はその存在自体が、古くから続く土の陰陽師筆頭の、土司家の名に傷をつける。厳格な祖父には許しがたい生き物だった。


 念のために手を動かしてみる。特に問題なく動いた。うつむいていると、視界の横にこの五年で伸びた銀髪がサラリと落ちてきて、人の身の面倒さを思い出す。

 立ち上がって己を検分する。銀の髪が伸びた以外、眠った時と全て同じ。埃も積もっていないし、怪我もない。寝ている間、ちゃんと世話はされていたようだ。

 しかし。


 孤舟は、がらんどうで人の生活の気配のない部屋を見た。寒々しい部屋の様子に、全てを悟る。

 この身は腐っても土司の息子。後々、粗雑に扱ったと分かっては、どんな罰が下るか分からない。この身体を預かっていた宝生家はそれを恐れ、仕事の一環として、下の者に無理に世話をさせたのだろう。だが、貧乏くじを引いた下の者は、孤舟の在りようを恐れ、必要最低限しかここに寄り付かなかった……大方そんなところだろう。


 ただ寝てるだけで鬼の封印足り得るような、強大な力を持った半人半鬼の世話なんて、そりゃあ誰もしたくないでしょうね。実の祖父でもああなのだから。


 ふ、と自嘲する。

 銀髪赤目、という珍しい色と、恐ろしいほど美しく整ったかんばせを持った孤舟は、生まれた時から人々の忌避の対象だった。成長するにつれ、優れた才を発揮してからは、ますます拍車がかかった。

 鬼の腹で育ったからだ、こんなに美しいものは人間ではない、強いのはやはり怪物だから……人は自分と違うものに対して容赦がない。

 土の陰陽師筆頭という家名の枷もあって、逃げも隠れもできなかった孤舟は、幼い頃から針の筵の上、徹底的に一人きりだった。


 だから知らなかった。

 他人の手が、あんなに暖かいものだったとは。


 恐怖心も威圧も暴力も混じらない、純粋な優しさと労わりのみで身体を拭われた、あの月夜を思い出す。


 もう二度と、ああいう優しい他人の手は、孤舟に触れない。


 それを思うと少し感傷的な気持ちになったが、元より得られるはずのなかったものだと思えば諦めもつく。この部屋の侘しさが何よりの証明だ。


 孤舟を真実知るものは、孤舟に近づかない。


 全てが夢だったようにも思えるが、桃子に何もかも知られてしまったことも含めて、生憎、全て現実だった。



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