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そういう夢を見ていた-⑨

 


 桃子はぼうと孤舟を見上げる。

 宙に浮かんだ孤舟は、しばらく黙り込んだ後、


「……そうですね。確かに、俺に鬼の血が流れているのは、陰陽師と呼ばれようが変わらない。俺の存在そのものを否定し、同じ家にいながら無視し続け、最後にはここに閉じ込めた祖父や、俺を打ち、虐げてきた周りの人間への憎悪も復讐心も、否定はしません。ただ、——山で大人しく眠っていたあの鬼を、無理やりに起こしたのは君だ。責任転嫁も甚だしいぞ」


 と言った。



 鬼の血が流れている。


 あの孤舟に。


 桃子を救った、理想の陰陽師に。



 愕然としていると、孤舟が男に言った。


「残りの術を返します。せいぜい死ぬほど苦しんでくれ。——(つちのえ)(へん)、急急如律令」


 空気が破裂するような音とともに、男の体は鉄芯を脳天から突き刺されでもしたようにピンと一瞬垂直になる。程なく今度は鉄芯を抜かれ、腰を折り、海老のように丸まって倒れた。


「うん。これで、しばらくは起き上がれもしないだろう」


 孤舟はひとりごちた後、


「桃子さん、ご無事ですか?」


 と、ふいに体をこちらに向けた。


「どこか怪我などありませんか、痛いところは、」


 言いながら宙を滑るように近づいてくる。


「あ、……っ」


 喉がひくりと震えたが、声は出なかった。

 体が勝手に震える。桃子は座り込んだまま、宙に浮く孤舟を見上げた。

 孤舟はガタガタ震え出した桃子をはたと止まって見下ろすと、しばらく呆然と桃子を見てから、すっと身を引いた。それから穏やかな声で


「……すみません、怖がらせてしまって。大丈夫です。これ以上、近づきませんから」


 と謝った。


 違う。


 とっさに思ったが、何が違うのか自分でも分からなかった。


 ただ、何もかもが夢ならいいのに、と思った。


 しかし、地面から染みてくる水分も、いつしか大粒になった雨も、途方もなく現実だった。


「……今、自室に保管していた腕輪を遠隔で完全に壊しました。あなたはこれで自由です。家に帰れますよ」


 孤舟の告げる声に、またも何も返せず、目もそらせずに震えていると、孤舟が笑った気配がした。


 哀れむような、諦めるような、不思議な笑いだった。

 ただ、悲しげだった。


「ここで起きたことは、全て夢です。あなたは何も知らず、騙されていただけだ。誰かに何か聞かれることがあったら、そう言いなさい。ああ、でも、山を降りるのはしばらく待ったほうがいい。一応これから話し合いには行きますが、左近がどう出るか分からないから。下は戦場になるかもしれない」

「こ、しゅう、さ、」

「墓前で事の次第を報告して、もう男は懲り懲りだと言えば、きっとお母様もあなたの独り身を許してくださいますよ。……化け物の俺と違って、あなたは確かに愛されていたのだから」


 やっと絞り出した声も、まともな音にはならなかった。

 自分でも何をしようと思ったのか分からない。だが、孤舟のほうへひとりでに手が伸びていた。

 だが、孤舟はその指を待たず、優しい声音で



「——さらば」



 と言った。

 すると、熊の目から光が消え、次の瞬間には地面に落ちていた。


 目で追うしかできない桃子を置いて、陶器の熊は斜面をコロコロ転がって、何かの拍子にポンと浮き上がると、木にぶつかり、粉々に砕けた。



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