そういう夢を見ていた-⑦
どん、どん、どん、と何か大きなものが地団駄を踏むような轟音。それに合わせて揺れる世界。びりびりと鼓膜が揺れて、突然の強力な光に視界を失った桃子はよろけ、男もまた膝をついた。
やがて大きな揺れは収まったが、微振動は絶えず続く。桃子はやっと視界を取り戻すと、音のほうに目を向けた。
遠く、狐山の山頂付近の空が赤く染まって揺れていた。
燃えるような赤だ。最初小さかったそれは、空の所々で弾けるようにして広がり、狐山町一帯の空を赤で覆い尽くしていく。見る間に桃子のいるほうまで広がって、灰色の雨雲が茶色く濁り、辺りは日暮れのように薄暗くなった。
「なに、あれ……燃えてる……?」
向こうから、ギャア、ギャア、と夥しい数の鳥の声が近づいてくる。狐山から遠ざかろうと、鳥たちが声を掛け合いながら、桃子の頭上をものすごい速度で飛び去って行った。
ふと見ると、男の傍らには、投げ出された左近の体が、ぐったりと力を失って伸びていた。
目を白黒させていると、
「ああ、これはまずい」
声と同時に、後ろから豪速の泥が飛んできて、桃子の周りを浮いていた腕輪を一瞬で地に沈めた。
振り返ると、そこには宙に浮いた陶器の熊があった。
姿形は普段と変わらず見えたが、佇まいからは静かな怒りが滲んでいる。
「君、左近を怒らせたな」
池に沈んでいた男は孤舟の登場に目の色を変えて立ち上がり、苦々しげにその名を口にした。
「土司、孤舟……!」
「やあやあ、名も知らぬ腕輪の君。術を返して、散々苦しめてすみませんでしたね。ああ、それに、君の大事な腕輪を地に埋めたことも謝罪しますよ。しかし、……土の陰陽師の領域である山で、この俺と張り合おうとは、いささか考えが甘いのではありませんか?」
「……は。よくもそんな白々しい謝罪が口から出るものだ」
「ははは。いやいや、只人にあんな術をかけておいて、返されないと思うほうがおかしいでしょう。かけられる術は、返すことができる。仮にも国家陰陽師のくせに、勉強しなかったのかな?」
二人の応酬の意味が分からず、桃子は彼らの顔を交互に見つめた。
宙を行く孤舟は地の揺れに干渉を受けず、すい、と男に近づいていく。
「本当は今、立っているのもやっとなんじゃありませんか?」
男が羽織をまくる。出てきた腕には青黒いアザが、蛇が巻き付くように螺旋を描いていた。ひ、と思わず喉が鳴る。
——ええ。そりゃあ、術をかけられるってことは、術を返せるって相場が決まっていますし。
術を無効化してくれ、と頼んだ桃子に、孤舟が返した言葉が蘇った。
そうか。あれは、人に術をかけた代償なのだ。
孤舟は術をただ解いたのではなく、あの男に返して、代償を払わせていた。
人を呪わば穴二つ。そんな言葉が脳裏をよぎった。
男はアザを見せつけるようにして叫ぶ。
「貴様が清廉潔白であるならば、術など返す必要もないはずだ。貴様に後ろ暗いところがあるのを、この私の体が証明しているっ!」
「……なるほど。つまり、俺の罪の証明として、むしろ君はそのアザが欲しかったわけですか。返された時点で、術を解いて手を引く選択もあったのに。見上げた根性だ。そこにだけは、敬意を表しますよ」
孤舟は呆れたように返すと、
「ではなぜ、その身一つで訴え出なかったのですか? わざわざこんな山頂までやって来たのは、俺を罪に問う明確な証拠は得られなかった、と言っているも同然では?」
と続けた。
「馬鹿を言うな! 今更言い逃れをしようとしても無駄だぞ! 証拠なら、あの泥人形がここに、」
男が言って、左近を投げ出した辺りを見る。しかし、そこにはぐずぐずに溶けた泥の塊があるばかりだった。
「はて? 泥人形? 一体なんのことでしょう。俺はあの山に、一人で住まっていたはずですが」




