そういう夢を見ていた-⑤
肺から空気を押し出しでもするように、じわじわと背中に体重がかけられていく。男は桃子の苦しむ様子にいやらしい笑いを浮かべる。
「なに、陰陽師の仕事を邪魔する小娘の一人や二人、始末したところで、お上も何も言いますまい……」
「桃子に! 近づくなっ!!」
死を覚悟して目を瞑った桃子の耳に、こどもの叫びが届く。突進する重たい音が男を退け、背から急に重みが消えた。
目を開けると、左近の細い足が桃子と男の間に立ちはだかっていた。
見れば、男は胸を抑えてよろけている。飛んできた左近の蹴りが入ったのだ。
「帰りが遅いと思って来てみたら……お前、山で見たことあるぞ! お前が桃子の嫌いなやつだったのか!」
「ごほっ……っ、左近く、だめ、その男の狙いは、左近くんで、」
姿勢を低くして今にも男に飛びかからんとする左近を止めたが、左近は、と、と地面を蹴ると、超人的な速度で男に向かっていく。
「ふん、そちらから来てくれるなら好都合です!」
男は左近を打ち倒さんと、先ほど桃子が目にしたよりもずっと速く腕輪を操る。しかし、目にも止まらぬ速さの左近を捉えることはできない。それどころか、縦横無尽に動く左近に踊らされるように、足をもつれさせている。
先ほど桃子を翻弄した時とは真逆に、今度は男が左近にいいように遊ばれていた。
「こっちだぞ、のろま!」
「ぐぬ、ちょこまかと……!」
「そんなへなちょこ、当たるもんか!」
とん、と枝に着地した左近が上から言う。男は息を切らしながら左近を見上げた。
その時だ。左近の足の指がコロリと木の上から落ちたのは。
「あ」
左近は言って、草鞋ごと己の足を抑えた。枝や葉をすり抜けて落ちてくる雨粒が、じわじわと左近の体を侵食し始めていた。
「勝機!」
「避けて!」
男が叫び、四つの腕輪が一斉に左近に襲いかかる。
桃子の絶叫に左近はハッと顔を上げ、枝から飛んだが、遅かった。
バツン! 土嚢を破るような音が響いたかと思えば、左近の左腕が着物ごと弾け飛ぶ。
それでも、左近は錐揉みしながらも、桃子のそばに降り立つと、
「桃子、立て! 孤舟のところまで走るぞ!」
と桃子の腕を引く。
桃子は慌てて立ち上がり、少しでも男の歩みを遅くするため、とっさに木刀を後ろに振り投げた。男はそれを手で払うと、全力疾走で山を駆け上がる桃子たちを追って来る。
腕輪が左近の足を狙う。それを左近がかろうじて避ける。何度か繰り返し、永遠かと思われた山道の終わりが見える。
横を走る左近の体は、風に吹かれた花びらのように、端からぽろぽろと剥がれ落ちていく。
腕輪が四方から飛んだ。なんとかかわすと、
「うわっ!」
「左近くん!!」
左近の体が崩れるように沈んだ。足に腕輪ががっちりとはまり、左近を引きずり下ろす。
桃子は慌てて左近の右手を掴んだが、左近はそれを払うと、
「行け、桃子!」
と叫ぶ。
「先に行け! 行くんだ!」
「駄目よ、そんなのできない!」
「いいから行け! 左近は平気だ! 一人でも、……左近は一人でも平気だ!」
左近の体はずるずると緩く山肌を滑り落ち、ついには力尽きて、一気に男の元に引き寄せられる。男が地面に爪を突き立てる左近の首根っこを掴んで、ぐいと持ち上げた。
「捕まえた、捕まえたぞ!」
「お願い、やめて、その子は……!」
「ついに捕まえたぞ、『二本角』!」




