山の上には熊がいて-②
一気に通りまで出ると、町の大通りを走る三津川に沿って北へ進む。
桃子の住む狐山町は、その名の通り狐の多く住む狐山のふもとに、円を描くように広がった町である。中心に狐山を抱きながら、それぞれ町の右側を熊山、左を鹿山、最奥を犬山と、大中小の三つの山に囲まれている。折り重なるようにして佇む一帯の山からは水晶や金が取れ、古くから金属工芸技術が発達。一帯地域はそれに関連した地場産業で発展してきた。
町唯一の平らかな出口は、北に下がる道のみ。山々の水が合流する川の出口にもなっているそこは、抜ければ随分繁華だ。採掘を主な生業とするこちらと比べて、三津川町と名乗る向こうは加工・商売を主にしている分、元々拓けてはいたのだが、町のさらに先の舘川町の一部が華族の別荘地として有名になってからは、さらに大きく水を開けられた。
六年前、舘川町に強大な鬼が出た時には人気が下火になったものの、どこに鬼が出たっておかしくない今の世の中、そんなに長いこと気にしてもいられない。今では三津川町にも、貴婦人を乗せた人力車や、やんごとない身分の方々の暮らしと庶民を分ける、高い赤煉瓦の塀が散見されるほど。
桃子の通った女学校も三津川町にあった。別荘地とは逆方向の川を隔てた端のほうで、質素な部類の界隈だったが、向こうに足を踏み入れる度に妙な居心地悪さを感じたものだった。
けれど、女学校時代の友人は大抵向こうに住んでいるから、用事のある時にはそうも言っていられない。
途中、すれ違う方々から声がかかる。
「あら、桃子ちゃん。今日は刀は持ってないの?」
「先生はお元気? 仕事が落ち着いたから、うちのドラ息子、また道場に通わせてもいいかしら?」
「やい、桃子! 刀はどうした! 女学校なんざ行ったから、腑抜けちまったんじゃないのか!?」
先生、とは、桃子の父である綿貫敬三のことだ。
町の人からの、元警察官である父への信頼は厚い。警察の中でも、陰陽師のような特別な力のない只人であるにも関わらず、人喰い鬼と戦う防人部隊に所属していたとなれば尚更だった。おまけに、父は鬼との戦いで左手首から先を失い、職を辞した末、この町で市民に身を守る術を授ける道場を開いている。英雄視の条件としては十分だろう。
父の面子を潰さないよう、にこやかに対応しながら——いや、町の悪ガキにかけられた最後の一言には思わず拳を固めたが、耐えた——、街を抜けた。
狐山町から三津川町にかけての男性は、大人から子どもまで、ほぼ全て父の門下生である。一帯で唯一の道場だからだ。
人喰い鬼が蔓延る世の中、通う頻度は様々あれど、義務教育である小学校で習う基礎を土台に、いざという時に身を守る術として剣術や武術を続けて習う男性は多い。
女性も同様に、小学校で身を守る術の基礎は通り一遍習うが、続けていくのはほんの一握りだ。力が弱い女性は戦力にならないからだ、と言われているが、子供を生み、育てる役割に比重が置かれているから、武術を続けても良い顔をされないというのもある。
「まだ結婚しないの?」
「子供を産んで一人前でしょう」
「お父様はなんておっしゃってるの?」
「あなたの身体は子供を産むためにあるのに」
……と、とにかく色んな言い分がある。
だというのに、実際に『道場の娘』の桃子が相手を探そうとするとこの有様なのだから、人生とは難儀なものだ。
ひたすら歩いた先で川を渡り、さらに先へ行くと二階建ての大きな間口の建物が見えてくる。
この辺りで知らぬ者はいない大きな酒蔵・風月である。
ここの娘の平山乃明は、桃子の女学校時代の同級生で、仲の良かった友人であり、桃子を『若武者』と最初に呼んだ張本人でもある。
店舗でもある家の暖簾をくぐり、番頭に声をかけると、すぐに奥の住居に通された。破談になることを見越して、近々伺うことがあるかもしれない、と、先に手紙を出しておいたのだ。先見の明があって良かった。いや、全然良くはないのだが。