そういう夢を見ていた-③
いちに、いちに、心の中で唱えながら一歩一歩足を踏み出す。剣術で鍛えた脚力は山道を登るのにも役に立った。
全部無駄だったと思ったけど、良かったこともあるわね。
自嘲気味に思いつつ、山頂を目指す。
と、どこかから葉を打つ雨の音に紛れて、別の音が聞こえた気がした。
足を止め、耳を澄ます。やはりそうだ。甲高い鳥の鳴く声かと思ったが、違う。自然の音ではない。
そう、どこか、金属同士がぶつかるような……
刹那、目の端にキラリと光るものを捉えた。桃子はとっさに木刀を横一線に薙ぐ。
カン! 木刀が何かを弾いた。虫が向かって来たのではない。もっと硬質なものだ。
落ち葉の中に、打ち返したものが墜落していく。遠目に辛うじて見えたそれは、金の輪のように見えた。
「おやおや、また体を貸していただこうと思ったのですが。防がれてしまいましたか」
声がして、木の陰からぬるりと男が姿を現した。
白い羽織に目深のカンカン帽。
突然の因縁の相手の登場に、桃子の肌が粟立つ。
「さすがは剣術道場の一人娘、といったところでしょうかね? それとも、このひと月で陰陽師の術に慣れたから、かな?」
神社の前で会った時には思いもしなかったが、いやに鼻につく、びたびたした声だと思う。
「……人の話を盗み聞きとは、地位のあるお方にしては、随分趣味の悪いことをなさいますね」
「はっはっはっ! これも世界平和を思えばこそです。私ほど熱心に仕事をする男はいませんから」
何を言っているのか理解ができない。眉を寄せると、
「いずれ、あなたも私に感謝する日が来る」
と男は言う。
「どういう意味です」
思わず問うたが、男は嘲笑うように息をこぼし
「それを知る必要はありません。只人はただ、救世主を仰ぎ、尊び、涙を流していればいいのです」
「その救世主があなただとでも?」
男は何も言わずに笑むばかりだった。
「何を仰りたいのか皆目見当もつきませんが、あなたの目的にこれ以上加担する気はありません。耳目を貸し出すのも、行動を制限されるのも、お断りです」
「おや、只人に拒否権があるとでも?」
「もちろん。たとえお偉い陰陽師様であろうと、私に何かを強要させることはできない」
男はわざとらしく考え込むように、帽子を引き下げさらに深く顔を覆うと、
「ん〜……。では、……無理にでも聞いていただくより他ないのですが」
男の顔が大仰に傾いて、カンカン帽から初めて、目が覗いた。
自分だけが正義だと信じきり、正義のためには何をしてもいいというような、残酷な気配のする目だった。
じり、気圧され、無意識に退いた足を叱咤するように、桃子は柄を握り直す。
「……っ望むところです。あなたに一発打ち込める機会を、待っていました」
男は、ふふ、と笑う。舌なめずりでもするように。
「では、お望み通りに」
男の周りに腕輪が四つ、浮かび上がった。
それからは地獄だった。
端的に言い表すなら、獲物をいたぶる、ずる賢い肉食動物との攻防。
宙を猛然と滑空する腕輪は桃子を翻弄するように周りの葉を弾き、桃子はそれに反応して木刀を振り回す。腕輪の素早い動きについて行けず、ぬかるみに足をすくわれ、何度も転び、その度に起き上がって、今度こそ打ち返すと木刀を構えるも、今度はその木刀を取り落とすほどの強い力で腕輪が飛んでくる。
それでも、腕輪は桃子自身を歩けないほどに痛めつけることはなかった。
それが陰陽師が只人にかける温情ではなく、体力消耗を狙ってのことだ、と桃子が気付いたのは、己の足がじわじわと山頂へ退き始めてからだ。
圧倒的な力量差だった。
こんなの、一発打ち込むどころの騒ぎではない。




