そういう夢を見ていた-②
考えていると、孤舟は柔く首をふる。
「残念ながら、人間同士は五行のように単純にはいかなくてね。それどころか、同じ五行の家同士でも小競り合いは絶えません」
「そ、そうなのですか……」
「俺がこの姿でここにいる理由は、概ね間違ってはいませんが」
孤舟は頂点に配した五行の印を消し、五芒星の真ん中に丸を描いた。
「五人で絶えず五芒星の陣を作り、中心にあるものをそこから出さないようにする。そういう最も古典的な封印に使われているんですよ。宝生の陰陽師だけでは手が足りないというから、俺の身体と魂が二箇所に配されていて」
言いながら、孤舟は頂点のうちの二つを交互に示す。
「要は人柱みたいなものですね。ここから動けないのはそのためです」
「はあ……え、ということは、助けに来たのに監視までされているんです……?」
ははは、と孤舟は空笑った。それだけで事実と分かる。桃子は頭が痛くなってきた。
「す、すみません、なんか……うちの宝生様が、とんだご迷惑を……」
「まあ、決めつけるのも良くないですけどね。それに、俺はここに宝生家の要請があって来たわけではなく、祖父に送り込まれたクチなので。宝生家は体良く俺を押し付けられたわけですから」
「お祖父様が、ですか?」
「ええ。……俺は家族と縁遠い」
ふいに落ちた言葉に、桃子は口をつぐんだ。そこには諦めの響きがあった。桃子のような死別とは違う、生きていても遠い人。
「あ、の、そうだ! 孤舟様の封印って、やっぱり鬼を封印されているんですよね?」
「ええ、まあ」
「それって、どこに封印されているんですか?」
空気を変えたくて、わざと明るく質問した。が、孤舟は固まってしまった。なぜ固まられるのか分からず首をかしげると、
「世の中には、知らないほうがいいこともありますので」
と目をそらされてしまった。
あれは多分、間者に聞かせたくないこと、ではなく、桃子に聞かせたくないことだろう。もしかしたら、意外と近くに封印されているのかもしれない。
桃子が知らないだけで。
困ったことはないか、不便はないか、以前よりも気にかけてくれる言葉も増えた気がした。特に、左手の傷に当てた手拭いを替えるのは、かなり熱心に手伝ってくれた。
「傷は残りそうもないですね。よかった」
ある日、治りかけの傷を見て、孤舟は心の底から安堵したようにホッと息をついた。
「残ったって平気ですよ。誰も見てやしませんもの」
孤舟はそんな桃子の自嘲めいた返しを
「もちろん、こんなもので桃子さんの価値は、一寸たりとも損なわれはしませんが」
と、やんわりと諌めた後
「傷は残ると、見る度に当時の思い出が浮かぶものです。痛みや苦しみが、まざまざと。無いに越したことはありませんよ」
と続けた。
ここでの暮らしの証として残るのだとしたら、嬉しい以外にないけれど。
だが、そう思っても、口には出せなかった。孤舟を困らせてしまう気がして。
考えていると、桃子の足が無意識に止まる。ここが今の終着点のようだ。
転ばないように下を見ながら考え込んでいた顔を上げると、狐山町はすぐそこだった。もうこんなところまで帰ってこられるようになったのだ。
そろそろ、家に帰った時の言い訳を考えておかないとなあ。
眼下に広がる、雨に濡れて光る家々の屋根を、ぼんやり眺めた。
孤舟のことは話せないし、やはり三度の破談で心が折れて、家出したことにするしかないだろうか。だとしたら、その間どこに世話になっていたと言うか。友人のところ? 口裏合わせに、先んじて乃明に手紙でも書いておいたほうがいいだろうか……。
しばらくそこに立って考えていたが、向かいの山肌を舐めるように降りてくる雲に気づいてハッとした。
いけない。こんなところにのんびりいたら、あの雲がすぐここまでやって来て、大雨に降られてしまう。慌てて踵を返す。
雨に濡れた山道はただでさえ歩きにくいのだ。濡れた落ち葉は滑るし、土はぬかるむ。左近の手ほどきもない今、これ以上の悪路を行くのは御免だった。




