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みんなで仲良く暮らしてる-⑭



「え?」

「あなたのお父様を、揶揄するような発言でした。すみません。俺も防人の方には助けていただいたことがあるのに……不躾で、失礼だった。本当に」


 思わず止まった手を、再度ゆっくり動かして「気にしていません」と返す。


「むしろ、色々教えていただけて良かったです。何も知らなかったので」


 鬼が皮を被っていること。喰らう鬼と、そうでない鬼がいること。


「なぜ、鬼は人間の皮を使うのでしょう」


 なんの皮でも良いのなら、他の肉食動物の皮を使えば良いのに。そうすれば人間は鬼の存在に、ついぞ気づかず安穏と暮らしていたかもしれない。

 そんな、ふとした疑問には、


「人間が一番暮らしやすいからでしょうね」


 との答えが返ってきた。


「野生の動物は勘がいいですから、中身が違えば即、袋叩きに遭う。それに、人間は数が多い」

「つまり……勘が悪くて沢山いるから、まぎれるのが容易だと?」

「そういうことです」


 率直な物言いに、思わず笑ってしまう。


「孤舟様は、やっぱり良い方ですね」

「は?」


 硬質な音を立てて、孤舟が思い切りよく振り返る。信じられないものを見る目に、また笑える。


「だって。あまり人間がお好きではなさそうなのに、陰陽師の仕事をしているだなんて」

「……家が、代々そういう家系で、他の仕事に就くだなんてことは、考えもしなかっただけですよ」

「でも、与えられた責務を全うしようとしていらっしゃる。せっかく異術の力があっても、私をここに飛ばした男のように、他人の足を引っ張るのに夢中な方もおられるのに。……ご立派ですよ、孤舟様は」


 孤舟は何か言いたげに黙る。

 自分で言ったのに、その『立派』の中に自分が入っていないことに気がつき、桃子はなんだか馬鹿馬鹿しくなって空笑いをした。


「なーんて、人のことは言えないな。私も、己の責務から逃げたクチなので」


 思い切って口に出してみる。

 空々しい響きだった。知らず、唇が震える。

 気遣わしげな孤舟の視線を感じると、言葉は堰を切ったように溢れた。


「家が、剣術道場だと話したでしょう? 私、そこの一人娘なんです。父には昔から、道場を継ぐことを期待されて育ちました。けど、……ある日、心が折れてしまって。十六歳の頃、男の子に負けてしまったんです。道場の門下生の一人でした。私、それまで父様以外に負けたことがなくて。すごく驚いたんです」


 鬼に負けないほど強くなる。そう決めていたのに、まさか只人の男に負けるだなんて。それは夢に燃えていた当時の桃子にとって、想定もしていなかった事件だった。

 打ち合って力負けた手のひらはジンジンと痺れ、初めての挫折と無力感に打ちのめされて、動揺の中倒れ伏す桃子を、父は大喝した。


「鬼はこんなものではないぞ!」


 と。


「その時です。自分が今までやってきたことは、全て無駄だったんじゃないかって思えてしまったのは」


 山の上を風が吹く。風が薄雲を連れてきて、月明かりが陰った。


「私ごときが道場を継いだところで、なんの助けになれるんだろうって。男の子に負けちゃうくらい弱いのに、鬼に勝てるように人を指導なんて、到底できるわけない、って。……孤舟様のような、すごい陰陽師様方の力になんてなりようもない、って、気づいてしまったんです」


 その日まで、自分はなんにでもなれると思っていたのが、突然道を閉ざされた気分だった。剣を磨いても意味がない。どうせ勝てっこないのだから。そんなふうに思うようになり、朝の素振りも、言い訳をつけて時々休むようになった。


「だけど父の期待の眼差しは裏切れない気もして、思い悩んでいるところで、……母が倒れて。一か月ほどで、急逝しました」


 孤舟は「それは、お気の毒に」とポツリと言う。


 ——桃子、桃子、よく聞いて。


 今でも、耳の奥で、母の声が聞こえる。


「……母に、」


 隣に意気消沈する父を置いて、病床で桃子を呼んだ母。


「言われたのです。今わの際に。道場を継ぐより結婚をしなさい、と」



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