みんなで仲良く暮らしてる-⑫
しかし足掻きも虚しく、すぐさま
「桃子だな!」
と言い当てられてしまった。左近はずんずんと部屋に入ってきて、まっすぐ桃子の前に座った。
「もう! だから言ったのに!」
「ご、ごめんなさい」
「怪我をしたのはどこだ! 左近に見せろ」
「で、でも、左近くん、」
「いいから!」
問答無用、と、左腕を取られる。孤舟が「左近」と制したが、珍しく左近は孤舟の言うことを無視した。存外力の強い左近に引かれると、桃子は為す術もない。
血は毒、と話したばかりだ。何が起こるか見当もつかない。これが何か嫌なきっかけになってしまったらどうしよう、と肩を竦める。
しかし二人の懸念をよそに、左近はただ、手拭いに包まれた桃子の手の上に手を置き、横に動かすだけだった。
「……左近、何をしてるんですか?」
「撫でているのだ」
問うた孤舟に、左近はきっぱりと返した。
確かに、それは疑いようもなく、撫でる行為だった。
「左近の腕が取れた時、桃子はそうしてくれた。あれは労りなのだろう? だから左近もそうする。左近も、桃子の腕がなくなったら悲しいから」
「あ……」
——左近くんの腕がなくなってしまったら、孤舟様も私も悲しいわ。
真剣そのものの左近の顔に、あの夜の自分の言葉が思い出される。引き結んだ唇が悲しそうで、桃子は空いた右手を左近の手に重ねた。
「ごめんね、左近くん。驚かせてしまって」
「……左近の腕は孤舟が元どおりにしてくれるけど、桃子の腕は生えてこない」
「そうね。気をつけます」
「さっきもそう言ったぞ」
ジロリと見られ、反論もない。再度謝罪をすると、
「あははははは!」
と爆発するような笑い声が割り込んだ。孤舟だった。
「何がおかしいのだ、孤舟!」
キッと目を釣り上げて振り返った左近に、孤舟が「いやいや」と首を振る。
「俺は随分、左近を見くびっていたと思って」
「なんだと!」
む、と眉を寄せる左近に対し、孤舟は微笑み
「左近はどんどん、成長していくな。俺よりずっと大人だ」
と返す。左近は一瞬怪訝な顔をしたものの
「ふふん、そうだろう、そうだろう!」
と誇らしげに胸を張った。微笑ましい様子に思わず桃子も笑うと
「このままでは、すぐに俺の手の届かないところまで行ってしまいそうだなあ」
ポツリと孤舟が呟いた。
果てしのない寂しさを孕んだ響きだった。
波のない海。一艘の舟。そこに乗った男が、連れ合いが大海に飛び込んでいくのを、陶器の瞳で見つめている。なすすべもなく。
そんな姿が幻視され、桃子は胸が詰まり、何も声をかけられなかった。
しかし左近は「うーん?」と少し考えた後、
「大丈夫だ。左近が良い子になったら、孤舟の身体はすぐ戻ってくる。きっとな。そしたら、またどこにでも行けるようになるぞ!」
と笑った。荒唐無稽な話だ。だが、その朗らかさは救いだった。
「そうしたら、山から下りてみたいなあ」
左近が夢見るように語る。
「町を二人で行くのだ。もっと遠くてもいい。世界は広いのだろう? 果ての果てまで行けるかなあ。あ! 果てまで行ったら、桃子にも土産を取ってくるな!」
「……左近は優しいな」
「? 左近は孤舟の友達だからな!」
快活に言い切った後、「友達には、優しくするものだ」と、慈雨のように左近が続けた。
左近は桃子が止めるまで、いつまでも桃子の手を撫でていた。




