みんなで仲良く暮らしてる-④
左近の視線を感じながら、桃子は努めて気にしないふりで、再びペンを手に取る。
何を書くべきか。多分、孤舟のことは書かないほうがいい。孤舟はそれを望んでいないし、文章でも、桃子はうまく説明ができないだろう。本当のことを書いても、父が信じてくれる確証が持てない。渦中の自分でも、まだ夢の中にいるような気持ちなのだ。
とりあえず元気でいることを書き出して、それから……、と、ぶつぶつと途切れがちな思考を纏め上げようとする。
「気になりますか」
問いに筆先が止まり、横を見る。孤舟は静かに桃子を見上げている。左近はいつの間にやら、ぷうぷう音を立てて眠ってしまっていた。
気になることは山ほどある。
だけど尋ねていいことか、桃子には分からない。
間者だから、だけではない。
孤舟が桃子個人に対して引いた線を、踏み込んでいいのかどうか。その判別がつかないのだ。
どうして陶器の中にいるのですか。
どうしてここにお一人なのですか。
あなたの名前は誰がつけたのですか。
どうして、孤独な舟などと。
この人のことを知りたいと思う。陰陽師への興味だけではない。
ただ、孤舟を傷つけてしまうなら。問いすらもが、刃になるというのなら。
それは、口にするべきではない。
「……呼び名といえば、私、若武者と呼ばれていたんです」
「はい?」
「女学生の頃。ちょっと乱暴者で。なまじ剣術ができたものですから、自分は強くて正しいと、思い込んでいた時期があったというか」
「はあ……」
黙っていたら、問いが知らぬうちに口から転がり出てしまう気がして、桃子は身の上話を喋ることにした。自分のことを語る間は口が塞がる。
「家が剣術道場で、父の方針で、剣ばかりしてきたのです。これからは女も、いざという時に身を守れねばならないと、父が言うから。父は元防人なものですから。毎朝、棒を振り回しているのはそのせいで、これが唯一、私があの男に対抗できるものなのです」
「……お辞めになられたのですか。防人」
黙って聞いていた孤舟が尋ねる。桃子の意図を汲んでくれた気がして、嬉しくなった。
「はい。鬼との戦いで、左手を失くしまして」
は、と孤舟が息を飲んだ気配がする。
「あ、でも! 私は全然知らないんです、当時のこと。覚えてないというか、本当に小さい頃のことなので」
物心つく頃には、父の左手はすでに無かった。
だから桃子は、父の手は元より無いものとして育った。当時、父がどんなに苦しんだか、乳飲み子を抱えた母がどんなに思い悩んだか、知る由なく。
だが、孤舟は再び黙り込んでしまった。
「すみません、妙な話を……」
自分を語るとは、なんと難しいことかと思い知る。そういうものとして育った当の桃子が気にしていなくても、相手に気にさせてしまうことはあるのだ。また失敗してしまった。こっそりと落ち込む。
だが、孤舟は「いえ」と首を振り、またしばらく黙った後、
「……だからあれほど、激昂なさったのですね。左近の腕が取れた時」
とポツリと言った。




