みんなで仲良く暮らしてる-③
「机をお借りします」
孤舟は後ろ足で腕輪を床に落とし、その上にガチンと音を立てて尻を乗せると「はい、どうぞ」と机を譲ってくれた。
最初、あまり筆は進まなかった。何をどう書こうか悩んでいると、左近が隣にやって来て、やれ、これはなんだ、それはなんだ、としきりに聞くからだ。
「これは万年筆といって、文字を書くものです」
「ふぅん。じゃあ、この透けてるのは?」
「これは……なんでしょう」
一つ一つ答えているうちに、紙の透かし模様でつまずいた。孤舟の紙だ、知るはずもない。何かの文字かな、と矯めつ眇めつしていると、
「それはうちの家紋ですね」
と孤舟が横から答えた。
「報告にはそれを使うように、と言われていて。名だけはある家なので、決まりが多いんですよ」
「はあ、家紋……」
言われてみれば、五角の山のようなものが透けている。
そんな名家の人が、なぜこんな片田舎の山奥に、陶器の熊のままおられるのだろう。
ここはそもそも、金の陰陽師である宝生家の所轄で、土の陰陽師である孤舟には用の無いところなのでは?
「ねえ、これは?」
ふと浮かんだ疑問は、口に上らせる前に左近の問いにかき消された。
慌てて左近の指の先、手紙の上の文字を見る。
「この父様、というのは私の父のことです」
「名前ってことか?」
「いえ、これは呼び名ですね。父の名前は綿貫敬三で、私は父様と呼んでる、ってとこかしら。左近くんなら、左近が名前、左近くんが呼び名。名前と呼び名は一緒の人もいます」
「名前か。じゃあ、敬三ってどういう意味だ?」
「意味、ですか?」
困惑して問い返せば、
「名前には意味があるのだって、孤舟が言ってた。左近は、守るもの、って意味だって。敬三は?」
と返される。父の名前の由来なんて聞いたこともない。
「ええと多分、三は、三男坊からきてると思うんですけど……」
「じゃあ、桃子は? どういう意味?」
答えに窮して唸っていると、左近はすぐに次の疑問に移る。それなら、と桃子は口を開いた。
「母の好きだった花の名前です。私の名前は母がつけてくれて。家の庭にも、母が植えた同じ木があります」
「ふぅん。好きなものに、自分の好きなものの名前をつけるのっていいな。嬉しいが、倍になる感じがする」
左近のしみじみとした声が、じんわり胸に染み入った。
今は亡き母が、桃子の名前を呼ぶ。振り返って、笑って呼び返す。
ただそれだけが、世界の全てだった頃を思い出した。
「孤舟はね、孤独に漂う舟なのだって」
「——え」
「左近」
孤舟が再度、割って入った。
「あまり桃子さんのお邪魔をするんじゃありませんよ」
「邪魔なんかしてない」
「左近」
「……はーい」
左近は口を尖らせながら、それでも口をつぐんだ。




