そこには狐もおりまして-③
いつかあの男を打ち倒してやるため、棒切れで素振りをした後、干し肉と木の実を分けてもらった。聞けば、どちらも左近が調達したものだという。
「俺は事情があって山頂から動けないので、調達は全て左近の仕事です」
そう言うわりに、孤舟は飲まず食わずでも平気らしい。
「俺の本物の体は別のところにあって、そこで人に世話をされているので。この身では食べなくても大丈夫なんです」
そもそも陶器ですしね、と、孤舟は笑う。
桃子は、これは私が聞いていい話なのだろうか? なんだか重要そうな話では? と不安に思ったが、
「大丈夫です。俺がこういう形でここにいるのは、ここら辺の陰陽師は全員知っている話なので」
と軽く頷いた。
「ちょっと色々ありまして、魂だけこっちに入っていましてね」
「はあ……麓の町に住んでいるのに、全く知らなかったです」
「まあ、鉱夫の方も山頂までは上がってきませんから」
「そうじゃなくて、」
狐山町の人が知っていたら、きっと世話をしたいと志願する人だっていたはずだ。少なくとも、陰陽師と聞けば、桃子の父は山に登って挨拶くらいはしたはず。陶器の姿を町人に晒せぬと言うのであれば、それこそ左近を代役に立てれば乗り切れたはずだ。
そうやって人の助けを得れば、左近だって自分で食料を調達しなくても良く、孤舟の世話に集中できたのに。
しかし、これは言っていいことか考えている間に、
「あえてお知らせするほどでもないってことですよ」
と、全て理解した口ぶりの孤舟に切り捨てられてしまった。
桃子が食べ終えると、同時に孤舟は席を立って言う。
「それでは、俺は腕輪の術を解くのを進めますね」
「何かお手伝いできることはありますか?」
「いいえ、お気になさらず。ごゆるりとなさってください」
「では、掃除か何かしておきます」
桃子が、お任せください、と胸を叩くと、孤舟はしばらく黙った後
「まあ、やりたいのであれば」
と、やはりあまり気が乗らない様子。
「もしかして、何か見ないほうがいいものがありますか!?」
ハッとして聞けば、「いえ、そんなものはありません」ときっぱり否定された。
「ああでも、嗅ぎ回られているみたいで不快でしょうか? 掃除が駄目なら、繕いもの、は出ないか。じゃあ、家の修繕とか……」
「大丈夫です、本当に。お気遣いなく」
「でも」
押し問答の末、孤舟は最後には
「どうぞ、なんでも、お好きに」
と居心地悪そうに言い残し、あばら屋の奥に、ひゅうと風を切って飛んで引っ込んでしまった。
その姿がすっかり見えなくなると、桃子はそっとひとりごちる。
「……やっぱり、掃除は駄目だったのかしら」
でも、そういうことでもない気がする。
実像の上手く掴めない人だ、と桃子は思う。というか、ものすごく丁寧かつ明確に、線を引かれている気がした。
それに、謎も多い。
見知らぬ女を助け、自分は食べないのに相手の食事には付き合ってくれ、主人を呼び捨てにし、あばら屋をあばら屋のままに主人を住まわせる、無知な世話役と一緒に、他の誰の助けも借りず、山のてっぺんで暮らしている。
今分かっている事実を、ただ羅列しただけでも謎だらけだった。
もちろん、今の桃子は間者同然だから、言えないことのほうが多いだろう。
けれど孤舟の口ぶりからは、間者に言いたくない話と、桃子に言いたくない話の、どちらもある気がした。
とはいえ、そのどちらにしろ、孤舟が許さない限り、桃子が知ることはないのだけれど。
恩人のため誠心誠意、と思っていた桃子は、ちょっとだけ意気がくじかれたような気分になった。しかし、世話になっているのは事実だ。相手がどれほど複雑な御仁でも、恩は返していかねばならない。それに、会って二日で全てを話せる関係、というのも、いささか安直に思えた。




