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そこには狐もおりまして-①

 



 華族や豪商、大金持ちの酒蔵の娘などがこぞって通う女学校に、一般人の桃子が入学できたのは、父が元防人だったからだ。

 そもそも一般人に編入学の話など回ってこないのを、腕をなくして職を辞した父を滅法気にかけてくれていたかつての上官が、


「綿貫、良い話があるぞ」


 と持ってきてくれたと聞く。

 しかし、その話に、是非に! と答えたのは父ではなく母だったというから、やはり母なくしては得られぬ機会だったろう。

 これからは女子にも高等教育が必要だ、というのは母の弁で、ただ、そこでの生活が全て夢のよう……というわけにはいかなかった。


 というか、女学校に通う淑女らしからぬこどもだったのだ、桃子が。


 入学して半年。道を行く女学生たちに、ぴゅう、とからかい混じりに口笛を吹いた男性と言い合いになった。その末に先に手を出そうとした相手を、行李の入った風呂敷でのしたのを乃明に目撃されてから、校内での桃子のあだ名は『若武者』になった。

 最初は学生たちがこっそり使うあだ名だったけれど——女学校では、学友を呼ぶ時には名前にさん付けがふさわしいとされる——、やがてそれは桃子の『淑女である女学生らしからぬ振る舞い』と共に教師陣の耳に入り、そのせいで桃子は校長室に呼ばれるまでした。

 校長は桃子の正義感と勇敢さを褒めた後、


「殴るのはやり過ぎだ」


 とだけ言って桃子を解放した。

 罰はなかった。書き取りも、謹慎も。

 校長が直接叱ったとあっては、他の教師陣はそれ以上桃子の行為を咎められない。退学の二文字を意識していた桃子は胸を撫で下ろしたが、この一件以来、桃子が女学校の問題児として厳格な教師たちに目をつけられたのは確かだ。

 女学校の規則や日課を少しでも破れば、やれ「きちんとなさい」だの、「行儀良く」だのと、他の学生たちより十倍は口酸っぱく言われた。比較的真面目な桃子ですらも、当時は煩わしく思うところもあったほど。

 しかし、こうなった今では、それも全て身の助けと、感謝とともに実感する。

 そう、恩人の役に立ってみせる、と決意した今では!

 意気込む桃子に反して、


「別に大したお構いもできませんので、何もしていただかなくて……自分で自分の世話さえ焼いてもらえれば……まあ、自由になさってください」


 と、孤舟はあまり気乗りしない様子であったが。けれど、あばら屋で一晩寝て起きたら、ますます決意は固くなった。


「とにかく、住まいを整えなくては」


 こんなところに恩人を置いてはおけない。


 なにせ、あばら屋である。まごうことなき、あばら屋である。


 桃子はここに一泊して、あばら屋が一体どういうものなのか身を以て知った。

 とにかく寒いのだ。

 山頂ゆえ、何にも遮られることのない風が四方八方から吹き付けていて、そしてそれを素通りさせる大きな穴が、この建物には山ほど空いている。隙間風、どころの騒ぎではない。

 孤舟様は……陶器だから、一旦横に置くとしても。あの少年、左近はどうしているのかしら。

 ず、と鼻をすすりながら、閉めてある意味があるのかどうか分からない、穴だらけの障子を引く。と、上から何かが降ってきた。


「わっ!!」

「ぎゃあああああ!!」

「あははは!! 孤舟の嫁御はいい声を出すな、愉快愉快!」


 藁葺き屋根から、くるりと一回転して、左近が庭——と言っていいかは定かではない。なにせ少し均されてはいるものの、要は地続きの山だ——に降りてきた。


「お、脅かさないでください! えっと、」

「左近だぞ?」

「はい、ええと、左近、くん?」

「変なものを付けるなよ」


 左近は腕を組み、ムゥ、と口を尖らせる。


「変なもの?」

「くん、はいらない」

「すみません。良かれと思って」

「良かれ? 良いものなのか?」

「そ、うですね。敬称……尊敬の念を込めたものなので」


 あまりの無知さに呆気にとられつつ説明すると、左近は「ふぅん……」としばらく考え込んだ後、


「やっぱり、いる」


 と言った。


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