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渡り鳥と魔剣使いの初恋物語

作者: 三日月 千絢

16歳で魔術師試験に合格して、間もない頃。ギルドに登録してから、地道にランクを上げて行商人たちの護衛魔術師としてなったのは18の頃です。王宮魔術師としても誘われたことがありますが、どうにも団体行動が苦手だった私はそれを断り続け、行商人たちと国を渡り続け2年が経ちした。


「今回もありがとねぇ、ベアトちゃん」

「いえいえ、こちらこそ楽しい旅ありがとうございました」


年老いた老夫婦の率いる小さな行商隊を連れて、来たのは自国から国を三つまたいだ帝国です。目的地に無事着いたことで、私たちはギルドに向かい終了の手続きを行ういました。さて、次の任務を探します。


「やぁ、久しぶりだねベアトリーチェ」

「…お久しぶりです、アルヴンさん」


受付で手続きを行った私に向かって声をかけてきた男性がいます。白銀の髪をゆるりと一つに束ねた紅茶色の男性――この国の魔術師筆頭でした。この国に訪れるたびに、どこからともなくやって来る厄介な男性です。


口説かれているのでしょう、あぁだこうだと喋りかけてくるのです。本当に厄介で面倒くさい男性でした。いつもの受付嬢が苦笑いをしています。が、助けてくれるわけではありません。


「アルヴン、邪魔だ」

「おっと」


一方的に話しかけてくるアルヴンさんを押し退けたのは、体の大きな人です。黒茶の髪を刈り上げていて、同じ色の目は力強く前を見ていました。


「珍しい、ディートヘルムじゃないか。帰ってきたのかい?」

「此処にいるのだから当然だろう」


ディートヘルム。あぁ、魔剣使いのディートヘルムさんですね。噂には聞いていますが、大変美丈夫です。アルヴンさんと並ぶと、細木と大木みたいな感じがします。それはさておき、私も次の依頼を探さねばなりません。


「行商隊のご依頼ありますか?」

「まぁたベアトリーチェは何処かに行くのかい!?そろそろ居付いたりとかしないの?」

「一か所に留まる理由ないんで」


横に並んで、リストを覗き込んでくるアルヴンさんに顔がしかまります。相も変わらず鬱陶しい。しかし、その思いは届きません。


「渡り鳥のベアトリーチェ?」

「は?」

「あぁ、君の異名だよ。君、危険個所が通り道でも傷一つ死傷者ゼロで行商人を国を渡らせるでしょ。だから、ギルドや行商隊が君にそう呼び始めたんだ」

「…うっわ」


ドン引きです。とんでもない恥ずかしい呼び名です。しかし、そんなこと関係なく頭上でアルヴンさんとディートヘルムさんが会話を続けます。


「渡り鳥の、なら俺の任務に付き合ってくれないか?」

「え?」

「次、ワイバーンの討伐任務があってな。ちょうど、魔術師を探していたところなんだ」

「私、誰かと共同任務したことがないんですけど…」


何が、『なら』なのか全然わからないけれど、私はそう返事しました。ディートヘルムさんは、首を傾げて『行商人と任務しているんだろう』と続けました。なるほど、その発想はなかったです。


ディートヘルムさんの黒茶の目が私を見つめてきます。周りが騒めくのが分かりました。ディートヘルムさんほどの剣士と戦えるのは、おそらく、いえかなり箔が付きますし、いい経験にもなるでしょう。ある種のステータスにもなり得ます。しかし、私は首を傾げるしか他ありませんでした。


だって、誘われる謂れがないのですから。


「…欲しい素材があるなら、君が持って行っていいぞ?」

「素材は売ってくださってかまいませんが、」

「珍しいことだねえ、ディートヘルム」

「いや、彼女となら組めると思ったんだ。純粋に多い魔力量とそれを制御できる技量を持っているのに、こうも活動的な魔術師はそうそう居ないぞ」


それはディートヘルムさんの言う通りです。魔力量の多い魔術師は基本、表立って動こうとしません。惰性というわけではなく、純粋に生きづらいからです。あっちこっちにある魔力を感知したり、肩が触れ合うだけで魔力反発を受けたりと弊害は様々。団体行動が苦手なのは当て嵌まりますけどね。


しかし、私はその弊害を受けることなく過ごすことができています。自分の魔力量はそれなりに多い方と自負しているのですが、制御の仕方がどうも独特らしく。生まれた頃は魔力なしかと心配されるほど、魔力を抑えるのが得意だったのです。


「それはそうだけど。君と組みたい魔術師なんて山ほどいるのにねぇ」

「――じゃあ。ひとめ惚れをした、と言えば良いのか?」

「「はあ?!」」


これには、私も外野と一緒になって叫びます。この美丈夫は、今なんと言いましたか?周りの女剣士や受付嬢まで一緒に叫んでいました。


「ディ、ディートヘルムさん?今なんか、え?」

「うん?俺は君にひとめ惚れした」

「えぇ…そんな、急に」

「短い朱金の髪も、ちょっと釣り目な翡翠の目もとても綺麗だ」


途端に口説き始めたディートヘルムさんに、私は目が回りそうでした。というか、実際に目が回ったと思います。アルヴンさんの口説き方とは違う、純粋な好意に顔が熱くなっていくのが分かりました。


「ディートヘルム、君それマジなやつ?」

「本気か否かと言えば、当然本気だろうな。ところで、ベアトと呼んでも?」


愛称など好きに呼んでもらって構わない。私は何度も頷いて、ついにはフードを被った。こんな顔など見られたくもないからだ。どこからともなく口笛やはやし始める声が聞こえてくる。


「ベアト、よければこのま食事はどうだ?済んでいるならかまわないが」

「…しょ、食事はまだです」

「よかった。じゃあ、食事に行ってから組むのかを決めると良い」


と続けて、ディートヘルムさんは受付嬢にワイバーン討伐の件について話をしていました。しかし、恐らくですがディートヘルムさんの言葉は届いていないことでしょう。


私だってあまり聞き取れませんし、理解が及びません。ディートヘルムさんとの食事に対して、アルヴンさんや外野の女性たちがいろいろと言っていましたが、キャパオーバーを起こしていた私は何も考えれず、ディートヘルムさんの腕を腰に回され、密着する形でギルドを出ました。アルヴンさんが何かを言っていましたがそれすらも聞き取れず。


そして、連れていかれたの食事処でもありません、宿舎です。


そのまま寝室おぼしき部屋に連れ込まれ寝台に押し倒されました。え、食事は…?いざとなると魔術をぶっ放せば良いと分かっていますが、それが魔剣使いにどこまで通用するのかわかりません。格上の存在と戦うということは早々ないのです。


≪悪い男に捕まると、こうなるって実体験してるなあ≫


耳に届いたのは、老婆とも老爺ともつかない声です。頭上からしています。ということは、ディートヘルムさんの魔剣さんでしょう。一部の魔剣は言語を操ると聞いていますから、そのくちでしょう。


呆然とディートヘルムさんの茶黒の目を見ます。少し、クマがあります。寝不足もあるのでしょうか、器用にも私に体重をかけないように倒れこんできました。それでも、少し重さがあります。ディートヘルムさんの生きているという重さです。ディートヘルムさん自身の匂いと外の匂いが混じって、私の鼻孔をくすぐります。


≪魔力切れを起こしてるから、暫くは起きんよ≫

「うそでしょう、このまま寝てるんですか」

≪おや、吾の声が聞こえてるとは。この嬢、なかなかやりおる≫

「魔剣さん。この人、寝てるって言いましたか」

≪いかにも。嬢と触れ合っても魔力反発を起こせないほど魔力が枯渇しておるからな。なぁに、今夜には起きるだろうて≫

「いやいや、魔剣さん。それなんの冗談です?うっそ。私、宿舎探ししなきゃ寝るとこないんですが?!」

≪ディーの部屋で一緒に寝るが良い。嬢とは魔力の相性がいいのだろうな。吾も眠くなってきたぞ≫

「いやいやいや、待ってください!」

≪おやすみ、渡り鳥の嬢よ≫


ふつりと何かが切れた感じがします。耳元では、規則正しい呼吸音が響いていて――私は諦めました。諦めることにします。ディートヘルムさんの部屋に防音魔術と結界魔術を張って寝ることにします。


私とて疲れていないわけないので。一応、ひと仕事終えた後なので。気持ちよさそうな寝息とゆったりとした鼓動を聞きながら、もぞもぞと動いて居心地のいい位置を探します。向かい合って、心の臓があるあたりに額を押し付けて目を閉じました。誰よりも何よりも心地いい温もりに包まれて眠るのは、なんだか贅沢ですね。


目を開けると、部屋は薄暗くなっていました。しかし、ディートヘルムさんは起きた様子もありません。よほど、疲弊していたのでしょう。魔剣さんもウンともスンとも言うことなく眠っているようでした。そこで、相性が良いと魔剣さんも仰っていたので、少しだけ、ほんの少しだけ意図をもって魔力を流してみます。


「ン…?」


起きそうで、それでも眠気が抜けきらない声にハッとして魔力を流すのを止めます。ディートヘルムさんは身動ぎをしただけで起きることはありませんでした。セーフです。


ゆるゆると流すと、ディートヘルムさんからもゆるゆると魔力が流れてくるようになりました。反発ではなく、なんでしょうか。お互いのなかで循環していると言えば良いのでしょうか。ひどく心地いい魔力に目を細めます。


他人でここまで心地いい魔力を持つ人とはなかなか出会えません。私はほぅと溜め息を吐きながらそれを楽しみます。


「俺はいつまで待てばいいかな?」


いつまでそうしていたことでしょうか、頭上から少し笑いをこらえるような声がしました。びくりと肩を揺らせば、寝台から落ちそうになって「おっと」慌てて腰に手が回り引き寄せられます。声の主、ディートヘルムさんを見上げれば驚いたようで少し目を見開いていました。私だって驚きましたよ。この寝台、そういえば一人用です。


「あっぶねぇの」

「お、驚かすから…」

「俺のせいか」


くつくつ笑うディートヘルムさんは、私の腰から手を離して体を起こしました。ぐっと体を伸ばします。ボキボキと人体からしてはいけないような音がします。微動だにせず寝ていたので、どうやら身体が凝り固まっているのでしょう。私も身体を起こして、少し向こうに見えるテーブルの上にあるロウソクに火を灯しました。


明かりが灯り、ディートヘルムさんの精悍な顔立ちが暗い部屋に浮かび上がります。


「で、俺との魔力相性はいかがだったかな、ベアト」

「た、大変よろしく…」

「それは何より。食事がてら、明日の討伐依頼の詳細を話ししよう」


≪色気ないのぉ、ディーよ≫


そう言われてしまえばそうなのですが。いえいえ、そこじゃありません。確かに、ワイバーン討伐に誘われたので間違いなく詳細を話し合うのが先決でしょう。そのあと、いろいろ話せばいいのか…。というか、お互いにお互いの魔力がべったりと沁みついています。私のせいですね。


私は魔力制御が得意なので、ディートヘルムさんの魔力を隠せますが、ディートヘルムさんはそうもいかないでしょう。私の魔力がべったりついているのが、公衆の面前で露わになるわけです。大変どうしましょう。


恋人同士でもここまでべったり着きません。循環していたせいで、とどのつまり私のせいです。笑えない。


「困ったような顔をも可愛いけれど、何か気にかかることでも?」

「…その、魔力が」

「あぁ。良いんじゃないかな。別に、俺は君にひとめ惚れをしているわけだし」

「いやあ、ちょっとばかし、その量の違いというか」


≪熟年の夫婦でもこんなに染みつかないな≫


逐一入る魔剣さんの突っ込みがイタイです。私は額に手を当てて首を横に振ります。これこそ、お互いに魔力量がそこそこ多い人間に起こりうる弊害でしょうか。といっても相性が良くなければ、ここまで染み付きませんから、なんというかもうお察ししてくださいと言っているようなものです。


「つまり、俺の失ってた魔力のほとんどがベアトの魔力が補っているというわけだろう?」

「そう、ですね。ほとんど私の魔力と言いますか…」

「なら気持ちのいいことこの上ないな。俺は君のというシルシがべったりついているということだろう?」


それを言われるとどうなんでしょうか。気恥ずかしい気持ちになりますね…。

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