看病
やはりベッドはとても心地が良いものです。ゴツゴツと皮膚に食い込む洞窟の寝心地と比較になりません。先ほどまで座っていた椅子もまた良いものでした。
エーシル教について気になります。今ではウグルの件もあり、かつてメジャーであったカレラ教と呼ばれる団体を抑えて、もっとも信仰されています。
信者をまとめる神官は、白髪もしくは銀髪で赤眼のものがなれるそうです。むかしは本当に希少な容姿でした。今の時代ではたまに生まれるぐらいに増えているらしいです。その見た目のものたちをウカルと呼びます。
教会は親の承認が得られれば、ウカルを引きとり神官とする教育を施し、じきに各地に派遣します。あの三人組はわたしを神官と間違えたわけです。引きとりを拒絶することもあります。ウグルの容姿ということもあり、あまり良い扱いは受けないでしょう。
重要なのはここからです。その容姿が生まれやすくなったのは約千年前。ウグルが出現したのも約千年前。出現期に多少の誤差はあるでしょう。しかし、このふたつには赤い糸で結ばれているような因果関係を感じずにはいられません。
決めつけているわけではありません。出現時期から教会の不死殺しの台頭、そのほかの点から勢力を拡大させるための自作自演か、べつのなにかを疑わずにはいられません。
うらがあったとしても、それを正義感に駆られて解決するつもりはありません。
自己満足です。不正をあきらかにするのは、今を必死に生きるものがおのれの手でやるべきです。わたしのような責任を簡単に放棄できるものが、時代のながれに介入するべきではありません。
町についたらお金を得ましょう。本を買うにしても、教会に行くにしても、町の風景に溶けこむにしても、まずはお金が必要です。
それなりには経験を積んできました。大体の職をこなせる自信はあります。雇ってもらえるかは話として別ですが。結局、そこだけでまわせるのならわたしなど必要ありません。町がどのような変化をしたのか、楽しみで仕方ありません。
むかしは立派な城壁にかこまれて、レンガの家がところ狭しと並んでいました。野菜や果物を売る露店ははなやかで、裏路地からのわずかな刺激的な臭いを気にしなければたのしい町でした。
……彼女の一族の末裔に会えるかもしれません。ただあまり期待しないほうがいいでしょう。
小屋で過ごしていますとセカティアが旅の途中で病をわずらったことを思います。
地平の彼方までつづく海を堪能した帰りのことです。異国の地には天に届く山があると世間話のように話しました。それを見に行きたいと駄々をこねられてしました。しぶしぶ連れて行ったお話です。
その異国の地までには、そもそもいくつかの険しい山を越えなくてはなりません。彼女は巨峰に挑むまえの準備運動といい、山の登り降りに慣れていなかった彼女の良い練習になっていました。
山の天気は崩れやすいものです。晴れていたのに急に雨が降りだし、足元がぬかるんでいきました。ふたりして大急ぎで山のふもとの放置された古い小屋へと向かいます。登るまえに立ち寄り、綺麗にしていたのが功を奏しました。誰が建てたのかは知りません。わたしはそのものに最大限の感謝を送りましょう。そのおかげで彼女は助かりました。
わたしも彼女も全身がすっかり濡れてしまいました。わたしは自身の特異性からやまいの心配はありません。彼女は違います。わずかなみだれから容易に風邪をひいてしまいます。慣れない山登りで体力をいちじるしく消耗していました。大急ぎで暖をおこしました。
彼女はひどい高熱にうなされました。ふれたら火傷してしまうほどです。冷静さを失わないと自負していたのに、気が動転してしまいました。
だてに長生きしていません。彼女の苦しむうめき声で正気を取りもどし、濡れた布を彼女のわきに挟みこんだりしました。
そのむかし、暗殺者たちから教わったことです。太い血管には血が多くながれているため、そこから入れる毒はよく効きます。その応用で太い血管のある部分を冷やすほうが、体をより冷やせると教わりました。
山から体によいとされる食材を採取し、彼女に与え、治るように努めました。その結果、苦もなく話せる段階までは治りました。しかし、最後の一押しに到達できませんでした。
一時期盛りかえし油断してしまいました。病との勝負はつねに緊迫としたものです。一瞬のすきが命取りとなり、山を降るかのように日に日に元気をうしなう彼女のすがたは痛ましいかぎりでした。
あまりの心苦しさに、血がベッタリとついた人差し指を彼女の口に入れてしまおうと考えたほどです。あまりにもおぞましいおこないをしようとする自分に慄きました。それほどの考えに支配されるほどの状況だと理解してください。
彼女もだんだんと助からないという考えに取り憑かれ、気を病んでしまいました。料理を運んでもいらないと叫び、髪はつやをうしなっていきました。治療を拒むようになります。苦しみが増し、気をさらに病む。悪化の一途を辿る負の連鎖に陥ってしまいました。治る気配がしません。やがて初日とひとしい状態に戻ってしまいます。
枯れえだを思わせる腕で、わたしに縋りついて血を飲ませてと訴えかけてきました。
それがなにを意味するのか、理解しているはずです。とても衝撃的でした。あのすこやかな日々で心があそこまで冷えたのは初めてです。そのときの顔は能面のようだったことでしょう。
好機ともとらえました。気まずそうな彼女を尻目に血を皿にたらしました。それを雨水でうすめて、万病の薬を作りました。彼女は驚きを隠せないようすでした。
「もしも、わたしの治療を受け入れるのならこれを飲ませてあげる」
治療に協力的になってくれるよう餌をぶら下げたのです。神の力を行使するのも、それを利用するもの嫌いです。彼女はわたしを知りつくしています。血を利用してまで治したいと思う気持ちを理解してくれました。
以前の協力的な姿勢にもどりました。完全に負の連鎖から脱したわけではありません。情緒の落ち着きには波がありました。
その度に血による意思の表示を行いました。次第に話すだけで心が落ち着きを取りもどすようになりました。彼女はとても心が強かったと思います。人によっては立ち直れず、やまいに負けてしまうでしょう。
相当な時間をかけながらも、体調はついに万全まで戻りました。そのまま山を登ることも考えましたが、大事をとり、最寄りの町まで引きかえします。そこでは彼女と似た症状の病気が蔓延していました。
その町で貰っていたのでしょう。余談ですが、町は病人であふれ、やがて様々な国に広まりました。歴史書に死の瘴気と称されるほどに多くのしかばねを積み重ねます。その発信源とされているのは、これ以上はやめておきましょう。長くなってしまいます。また後日の機会に語るとしましょう。
ともあれ、彼女と雲のうえで見た朝日は、目のまえの朝日と比べることすら出来ないほどにとても綺麗でした。今でもまぶたに克明と刻まれています。
アクセスを見て、不思議と落ち込んでいたはずのやる気が湧いてきました。本当に至らぬ点が多いですが読んでいただきありがとうございます。