サールさん
「来てくれてありがとう。自己紹介をしよう。俺の名前はサール、性はカナティヌだ。このチェルト傭兵団の団長をしている。カクタス、彼女に椅子の準備をしてやってくれ」
カナティヌという姓に聞き覚えがあります。この地を治めているメディス領主に嫁いだ人物の姓はカナティヌでした。婚約パレードを見ていましたので、間違いありません。
カナティヌ家が没落していなければ彼は高貴の出かもしれません。友人は忘れてしまうのに、関係のない歴史上の人物を忘れないのはどうしてでしょうか。知識と思い出は別物だからでしょうか。
「ご丁寧にありがとうございます。わたしも名を言うべきなのでしょうが、実は名前がありません。嘘ではありません」
「それは困った。君に名前をつけてもいいかい? ずっと君と言うわけにもいかない。ひとまずの仮名が欲しいんだ。名付けのセンスはあるから安心してくれ」
「ええ、それは本当に助かります。本来の名前を思い出すまで使用させていただきますね」
盗賊団の団長を務めており、貴族の末裔かその出なのです。壊滅的な名前になることはないでしょう。ごくまれに多くの物事を並以上にこなすのに、一部のセンスが壊滅的な人物もいます。不安がないわけではありません。
「今日からメルルと名乗ってくれ。いつまでもはだかでは困ってしまうな。部下に準備をさせるから外で身なりを整えてきてくれ」
「なにからなにまで至れり尽くせりで感謝します。わたしになにか期待しているのですか? あいにくと金目のものは持ち合わせていませんよ。このネックレスは大切なものです。わたしは町へ降りるつもりですので、労働力としても期待しないでください」
後々で法外な額な請求をされたら、また引きこもるしかありません。善意のみで動く人間はなかなかいません。自分から見た善人には注意しましょう。相手が客観的な善人とは限りませんから。
「べつに構わない。金目のものを貰えるともちろん嬉しいが、俗世的なものは求めていない。ただ君と話がしたいだけなんだ。口説きたいわけではない。もう結婚しているからね」
「そうですか。それは安心しました。わたしも永遠を誓ったひとがいますからね。もう死んでしまいましたが」
「知らなかったとはいえすまない。また後で会おう」
カクタスさんに案内されて川にたどりつきました。追い求めていた川の水を浴びます。カピカピの体液がおち、髪がサラサラと解けました。
巨大な川を神聖視する国で遺灰を川にながす水葬を見ました。どうして川を神聖視し、大切なひとの残滓をながすのかと思いました。いまならばわかります。それほどに川での水浴びが心地よいです。
「メルル! 水浴びが終わったら服をもらいに行くぞ。そのあとは飯だ」
「わかりました。せっかくです。カクタスさんもよければ一緒に泳ぎますか? 身体中に土がついているようすですが?」
「俺は太陽がしずむまえに入るから気にするな。それよりもとっととあがれ。体の汚れは落ちただろう」
服がもらえるという小屋に入ります。ふくよかな体型の女性四人に囲まれました。気分がよいのか、鼻歌を歌いながら体の寸胴などを取られました。おばさまは滑らかなシルクで作られた真っ白いワンピースを着させてくれました。
シルクは希少品です。それで作られた編みものは高価なはずです。それを他所者であるわたしに与えるとは、彼の正気をうたがってしまいます。
技術の向上により、安価に売れるようになったのでしょうか。商人たちがそれを許すとは思えません。うらがありそうです。
食堂に来ました。わたしに食事は必要ありません。睡眠など生物的な行為の多くが不要です。一部地域で根強い人気のあるタバコ。万病の薬とさえ称される酒のように、娯楽品的な意味でとても大好きです。
食堂はきれいでした。酒瓶や食物が散乱していません。この団がキチンとしたルールのもとで運営されている証です。
キッチンの方から一週間まえにわたしを解体した、あの三人組が料理を運んできました。
川魚の丸焼きに、なにかしらの動物の肉を焼いたもの。付け合わせに畑の野菜のソテー。また野菜のスープ。メインに茶色と黄色が混じったやわらかそうなパンも出てきました。スパイスの匂いが料理からしてきます。
もてなしの料理としては、最上級に当たるほどの豪華さではないでしょうか。
ここまで豪勢な歓迎を受けたのは、わたしを神と崇めるむらに行ったとき以来です。サールさんはわたしをどのようにとらえているのでしょうか。このワンピースが祭服のように思えてきました。
「またお会いしましたね。あなたがたがこれらの料理を作ったんですか?」
「俺らは運んだだけだ。料理は料理長が真心を込めて作ったものだ。堪能してくれや」
「感謝します。どうですか。よければ同席しませんか? あなたがたからしたらそこまでの量ではないでしょう。わたしには少々多いのです。不死とはいえども容量は一般のかたと大差ありません」
かれらは後ろにひかえているカクサスさんに目を向けます。カクサスさんはコクリと頷きました。子供のように意気揚々とキッチンから取り皿をとってきました。
少々むさ苦しいです。静まりかえった食堂はにぎやかになりました。しれっとカクサスさんも自分のぶんを調達していました。料理を美味しくいただきました。正直に言います。かれらに分けないほうが良かったかもしれません。意外にペロリと食べれました。
この集落をグルリと見ます。本当にしっかり整った場所です。わたしの覚えているかぎり、国王のお膝元である城下町よりも断然清潔です。それに各々から生きる余裕を感じられます。サールさんの管理のうでが素晴らしいのでしょう。
「手厚い歓迎ありがとうございました。このような高級品までいただいて、本当によろしいのですか?」
「あぁ問題ない。俺の部下が君にしたことを思えば、そう大したことではない。そこの椅子によければ腰かけてくれ」
「失礼しますね。かれらはわたしがウグルという怪物かどうかを確認するためにやりました。仕方がなかったことですよ。まぁでも、もらったものは返しませんよ。お話をしましょうか。まずはあなたからどうぞ」
「お言葉に甘えて。単刀直入に聞く。君はなにものだ? 部下から君についての報告を受けた。常人なら死んでいるはずの傷で死なず、また一週間も土のなかにいたというのに飢えてもいない。ウグルでもない不死。君はなんだ?」
どう答えましょうか。馬鹿正直に全てを教えてもよいのですが、あまりにもおろかです。わたしの情報ひとつに金貨の山を積む国がありました。そこまで安くはありません。不死はおおやけにしました。全能の神には触れないようにしましょう。
「わたしは永遠をさまよっています。死ねないのです。致命傷をおっても、致死的な毒を盛られようとも、この身は朽ちてくれないのです。自身の臓器がどのように動いて、どのような働きをしているのかわかりません。またわたしも自身についてくわしくありません」
「なら、俺の部下が若返った理由についてわかるか?」
「いえ、どうして彼らが若返ったのか、検討もつきません」
「なるほど。個人的な見解だが、君の血を口に入れたからだと思っている。エーシル教の神官を知っているか?」
彼はわたしの正体を絞っています。どれほど生きているのか、どれほど俗世との関わりを絶っていたのか。そのていどはわたしの質問で公開するつもりでした。気にする必要もないでしょう。
「いえ、知りません。たびたび神官という言葉を聞きます。それはなんなのですか?」
「エーシル教について教えよう。教祖不死のへカティアのもと、永遠の神とその血を崇める教団だ。神の降臨により楽園を目指すことを目標にしている。あまたの地域で広く信仰されていて、聞いた話によるとじきに設立から千五百年も経つらしい」
聞いたこともありません。さすがに千五百年も洞窟にこもっていません。実際にはもっと歴史の浅い組織だと思います。しかし、神と血ですか。あまり良い気持ちにはなりません。
へカティアさんは、わたしのように神さまから不死ののろいを受けてしまったのでしょうか。わたしは神さまの像を破壊した罰でした。へカティアさんはなにをしたのでしょうか。気になってしまいます。
「そのヘカティアから祝福を受けた神官の血を飲むと、量にもよるが死にかけの老人でも二十代ぐらいまで若返る。まぁ多額の寄付を求められるがな」
やはり神の血が絡んでいるようです。教会について調べてみるのもよいのかもしれません。お互いに時間はあり余っています。のんびり調べましょう。
「俺は君の身が心配だよ。君の血に神官たちと同じ効果があると割れたら、教会から狙われる。それに貴族に捕まったら、血を流しつづけることになるぞ」
「ふふ、大丈夫ですよ。もうすでに何度も狙われたので慣れています。わたしも質問してもよろしいですか。ウグルとは何でしょうか?」
説明を受けました。基本的にウグルに理性はありません。しかし、人の血、動物の血を一定以上摂取すると、ばらつきはありますが一日ほど理性を取り戻せるそうです。自分が失われる恐怖から、道徳などを投げすてて理性のあるまま襲ってきます。
ウグルに血をすすられた人は、稀にウグルに覚醒するようです。髪の色は白髪となり、男なら女性に近い体型へ。あらゆるところに変化があらわれます。驚異的なまで身体能力が向上するそうです。
地上はウグルで溢れてしまうと思うかもしれません。教団がウグルを滅ぼすすべを編みだしました。心配は入りません。教団が覇権をとれた理由のひとつでもあります。
従来のウグルの対処法は、かれらを串刺しにし、地下深くに埋めるというものでした。ウグルはその環境下であっても生き続け、生き地獄にひとしいそうでした。
教団が不死殺しを編み出したことで、ウグルにも救いがもたらされました。若返りの血で権力者を取り込み、現在は世界で名前をとどろかすに至りました。不死殺しの件など胡散くさい話としか言いようがありません。
「わたしから有益なことは言えませんでしたが、ここら辺で失礼させていただきます」
「いや、本当の不死である君と関われただけでも十分な経験だ。それよりも今晩は泊まるといい。もう日は沈んでしまった。街まで危ういだろう。明日になれば部下に案内させよう」
「そうですね。記憶違いがあるかもしれないので、お言葉に甘えて今晩だけ失礼します」
彼の案内で別のこぢんまりとした小屋に入りました。それと、約千年ほど洞窟にこもっていたようです。あの本はよく持ちました。
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