再び牢屋に
あの死亡通知から三日もたちました。犠牲者は刻々と増えています。パン屋のカセラさんから、船乗りのメニュウアさん、屠殺師のセハムさん、主婦のリィーズさんなど九人も殺されています。
一日一食で十分なはずですが、一日三食もいただくなど、豪勢なウグルさんです。いまだに捕まる兆しが見えず、苛立ちが溜まりそうと思われるかもしれません。しかし、思いの外に苛立ちを覚えませんでした。
元気よく町へと出かけるカルアさんの存在がその要因のひとつです。部屋から出られないわたしのために、最近のこと、つまりはわたしの知らないことを多く運んできてくれます。
たとえば、ある国で織物制作を簡易化してくれる機械が作成されたなどの技術的なお話から、ここ数百年に作られたであろうタコが巨大化した海の怪物についての御伽噺など、とても話の品揃えに富んでいます。彼女が眠たそうになるまで、ついしつこく聞いてしまいました。
漁師さんと仲良くなったらしく、漁の教えを乞い、小さいながらもナマズを取れたと無邪気に語ってきました。そのすがたに癒しを感じずにはいられません。
彼女がいないときは退屈が隣人になるため、苛立ちが溜まるのではないかと思われるかもしれません。その部分も問題ありません。じつは双子の姉のネメセスさんと仲良くなりました。
彼女と仲良くなれた理由は、セカティアやカルアさんのように文化につよい興味を持っていたためです。泊まる人がだいぶ限定的な宿屋に働いているとはいえ、貿易が盛んな町です。異文化の住人と接することも多かったそうです。
そのたびに肌の色の違い、言葉の違い、信じるものの違い、あらゆる点に違和感を感じ、しかし、家族を愛するところ、酒に酔うところ、心の拠り所をもとめるところ、またあらゆる点で共感できることが引っかかったそうです。
わたしは無駄に長生きです。それなりには各地の文明について知っています。それで同類と思われたらしく、旧知の仲のようになりました。休憩中などの時間が余っているときは、ここに訪れてくれるようになりました。
妹のヘクシスさんとの関わりはうすく、まだまだ高い壁を感じずにはいられません。今日も朝食を運んできてくれたときに挨拶をしただけで、ネズミなどの小動物が、蛇などの捕食者に見つかったときのように、はげしく驚かれてしまいました。
今日の朝食にスープはありませんでした。もし熱々のスープを持っていたら、想像したくない結末が訪れていたでしょう。
ネメセスさんが来るのをるんるん気分で待っています。今日はなにを話しましょうか。とても楽しみです。
――なにごとでしょうか。突然、一階から怒鳴り声のようなものが聞こえてきました。揉めごとでしょうか。良く耳を澄ませると、衛兵さんがこの宿屋の調査をさせろと騒いでいるようです。
その手の人物が泊まる宿に、ウグルが潜伏していると考えるのはそう変なことではありません。ただかれらの仲間のカルモさんの件があります。その心には正義感や仕事への感情以外のものが含まれていないと断言できません。大丈夫だとは思いますが、荷物を荒らされないか心配です。万が一にもセカティアの日記を見られたら、それこそ一巻の終わりです。
ほどなくして大勢がドタドタと、階段を軋ませました。そして、ドアが蹴破られました。大柄で鉄製の胸当てやガントレットを着けた屈強な衛兵さんが、この部屋に押し入り広々とした部屋は一気に狭くなりました。
「なにかごよう……」
問答無用とは、まさにこのことを言うのでしょう。友好的な態度で用件を聞こうとしましたが、先が二手に分かれた刺又という拘束具に酷似したもので、のどや手足を押さえられました。
対象を抑える部分が鋭角となっており、刃物のように切れはしません。しかし、体に食いこんでいます。常人ならそれなりの痛みに苦しむでしょう。あるていど安全に拘束できる点から優れた道具といえるでしょう。それから手首を縄でまとめられて、黒い麻袋を被せられました。
ひさしぶりの日ざしは、ぽかぽかと暖かくて気持ちのよいものです。しかし、気分としては最悪です。外に連れ出され、無造作に荷台に放り投げられ、すでにいた先客とごっつんこしてしまいました。
この荷台にはウカルが詰めこまれているようで、声だけでわかるかぎり、五人ほどいます。ネメセスさんやヘクシスさんのこえはしません。近ごろに町に入場したひとをかき集めているのでしょう。
あまりにも強引です。わたしとぶつかった子供が泣いています。袋のせいでよくわかりませんが、そのそばでお母さんらしきこえのひとが、必死に子供をあやそうとしています。しかし、子供は感情にかなり敏感です。親の心に平穏がないことを本能的に理解してか、荷台が止まるまで、泣き声が耳の奥で反響を繰り返しました。
荷台が止まると、手首に縄をつけられて、畜産家が豚などを誘導するかのように引っ張られました。足元の石畳はとてもひんやりとしています。道中で階段を降りましたので、地下へと誘導されています。
ここはどこなのでしょうか。地下のある施設で衛兵さんと関係のある場所ですと、貴族様の館でしょうか。ウグルと思われるものの入城を許すとは思えません。
ワインセラーなどの酒場でしょうか。拘束に困るためありえません。懐かしいあの牢屋に放りこまれたのでしょう。もしかしたらカルモさんがいるかもしれません。
「カルモさん、カルモさんはいますか? もし居るのなら返事をしてください。少しだけ聞きたいことがあります」
返事がありません。しかし、見張りの人はいます。荒々しい息遣いが感じられるからです。この見張りさんは、まったくもって薄情な人物です。強引に連れてこられて混乱しているであろう人物に、安心を与えてあげようという気概はないのでしょうか。もしくは、そのような心の余裕すらないのでしょう。
この町に入るときに、三日間も検査をしています。ウグルである可能性は極小と言えます。しかし、予防線を張るかのように、その極小の可能性を潰しにきました。
念には念をいれたと言えます。または極小の可能性を試さなければいけないほどに切迫しているとも言えるでしょう。
気掛かりなことがあります。どうして痕跡を残すことなく人を襲えるのでしょうか。わたしの知るかぎり、昼夜問わず大勢の衛兵さんが町中を警備しています。もし誰かがウグルに襲われ、わずかな悲鳴をあげるだけで足がつくのです。
ゆえに、見つからないのは不自然です。魔法の使用、もしくは魔法使いの協力があるかもしれません。迷信や妄想ではなく、事実としてある技術によるものです。
魔法は全能ではありません。しかし、研究に励み、学びをやめなければ万能にひとしい力をえられます。たとえば、水を生み出す、また炎を己がままにできます。ほかにも、自分の姿を透明にしたり、空を飛んだり、また透明な相手を探知する魔法など、不自然な効果は多岐に渡ります。無限の時間をもつわたしでさえ、その全容の把握は不可能でしょう。
もし、この想像が正しいのならば、ウグルはよほどのかぎり捕まらないでしょう。それにともない、わたしの未来は長らく軟禁されるか、いずれ町を追い出されるかの二択でしょう。しかし、わたしに関してはそこまで心配いりません。なんであろうと危機になりませんから。
しかし、目的がハッキリとしません。魔法が使えるのなら、それこそ死んでも構わないような人間をひそかに襲うはずです。
わたしがかれらの立場ならそうします。わざわざ食料確保に手間をかけたくはありません。ゆえに理由があって騒動を起こしたわけです。騒動のさきにあるものが見えません。領主の失墜なら手っ取り早く殺せば良いですし、魔法の力でどうとでもなります。いろいろと考えられますが、魔法で解決する問題ばかりです。
わたしの説はあまり正しくないのかもしれません。ひとまずは頭の片隅に置いておきましょう。
カルアさんが心配です。ウグルに襲われるかもしれません。わたしが捕まったと知ったら、彼女はなにをするのでしょうか。素直に宿で過ごしてくれるといいのですが、ここに来るかもしれません。
彼女の性格から間違いなく騒ぎ立てます。それはもうきっと豪快に駄々っ子のように、兵士さんは手を焼いて、わたしたちの拘束に使った道具を持ち出すほどでしょう。
ネメセスさんが止めてくれるでしょうから、彼女が怪我をする未来は訪れないはずです。ただ無事に合流できるか、気が気ではありません。安全を祈ります。
もうじき二章も終わりです。それと三章が仕上がりそうです。ストックが尽きる恐怖からか、はたまた多少時間があるためか、妙に筆の進みが良いです。投稿を始めるまえとは比べものになりません。いつもありがとうございます。