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あなたとの約束を忘れた  作者: もちもちもも
二章 海の町セイーレ
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過去の記憶

 われわれの旅は順調に進んでいきました。天候不良、物資の紛失などに見舞われることもなく、もうじきセイレー漁村につきそうです。

 順調といいましたが、夜な夜な動物に襲われることはありました。火の棒を必死に振りまわしたものです。体に火をつけて追い払ったほうが早いのですが、カルアさんに気を使わなければなりません。

 焼け爛れたわたしを見て、彼女は気を失ってしまいました。強いショックを受けたためでしょう。幸い記憶が曖昧で、呼び覚ますようなことは控えたほうが良いのです。


 漁村に着く頃合いですが、奇妙です。人の密集した場所で感じる独特な気配を感じられません。


 漁村につき、疑問がキレイに氷解しました。カルアさんが名前を知らないのも無理はありません。この村はとうのむかしに廃村になっていたからです。

 人の痕跡は、雨風に晒され、大部分が崩落し、緑に侵食されながらも、それに支えられている家の残骸。家庭で使われていたであろう包丁やフライパンと思わしき、錆びた金属の塊ぐらいなものです。


「思ってた通りね。ここからセイーレに移ったんだ。どうしてこの村を捨てたのかしら。まぁいいわ。廃墟の探索はなかなかできるものじゃない。ほら、あたりを探索するわよ」


「ええ、そうですね。まずは中央広場まで進むとしましょう。むかしは村を興した者の立派な像が建てられていたんですよ」


 かつては尊敬されていた立派な像は、根本からポッキリと折れて、大部分が崩壊していました。やはり、実は時間とともに消えてしまうのでしょう。


「それは台座の残骸です。かつては漁村に因んで、魚の刺さった銛を掲げた男性の像があったんですよ。むかしの村長さんで、名前は台座に掘ってありますよ。サ……これ以上は掠れて読めませんね。次は停泊場に行きましょう。むかしは漁船がポツポツとありました」


 停泊場として使われていた場所は、その原型を留めていませんでした。なにもありません。わかっていました。かつてお世話になった名も知らぬ漁師さんの漁船も消えています。廃村にいると、セサティアとの大切な実に傷が入ってしまいそうです。


 以前に訪れたときよりも、海の水位が上がっている気がします。いえ、気のせいではありません。間違いなく上がっています。それに波も高いです。そういえば昨日は満月でした。漁師さんから聞いた話と経験から、満月や新月のときは水位が高くなるそうです。


「海に潜るのはセイーレについてからにしましょう。今日は潜るのをおすすめしません。分かりにくいと思いますが、波が高いのです。海を舐めてはなりません。この世界の数多の源です。多くの繋がりそのものです。その力はわたしですら霞んでしまうほどに強大なのです」


 彼女に肉薄します。海の強大さ、その力について聞かせます。その道何十年の漁師であろうとも、一歩道を踏みはずすだけで、海は容赦なく命を押し流します。危険な日に、わざわざ初心者を入れるはずがありません。もちろん熟練者でも駄目です。鬱陶しく思われようが、注意しなければなりません。


「ええ、ええ、わかったから離れて。命に変えることはできないわ」


「ええ、あなたの命は一度っきりなのです。わたしが本当に危ないといったときは、なるべくおとなしく従ってください。納得できない点がありましたら、納得するまで教えてあげます」


 廃墟の探索を進めます。突然、わたしの奥底で眠る記憶のひとつが身動きを起こしました。意識的に思い出すことのできない記憶の線になにかが触れて、赤子が親の手に触れて眠りから覚めるように瞳を開けかけているのです。


「急にうずくまってどうしたの? 首元にそんなアザがあったの。服で隠れていて気がつかなかったわ。でも……そこなら見えるわよね。あったかしら?」


 アザと聞き、海を質の悪い鏡のように使いました。人の手形が、わたしの細い首を絞めるようにハッキリとついていました。


 私は不死です。私の体に変化は訪れません。たとえ、この星から緑が消えて、大地が消えて、青色が消えて、人が消えて、そして、星そのものが消えても、未来永劫、絶対にして不滅の真実。私は不滅、私は不変、私は不朽。そして、それらを与える者。

 変化は訪れません。外から力が加わったのでしょうか。ここに来るまでに毛虫かなにかが首についたのでしょうか。とにかく気がつきませんでした。

 これを治すとします。町に行くにしても、このようなものをつけていては不審な目で見られてしまうでしょう。


「急に走り出したと思ったら真っ裸で首をかいて何をしてるの。ねぇ大丈夫? 首が真っ赤に腫れてるわよ。それに爪もそんな鋭かった? メルル? ねぇ? ちょっと血が出て来てるじゃない!」


「耳元で叫ばないでください。耳に響きます。痛みは感じませんが、音だけはどうすることもできません。勘弁してください。これは首のアザを消してる最中です。向こうに行くことをおすすめします。皮膚に異常が起きているのなら、皮膚自体を変えてしまったほうが手っ取り早いのです」


 今回のようなことは初めてではありません。過去に何度か、体にアザがついて離れなくなったことがあります。基本的にあらゆる異常は不死の力によって消えます。しかし、不死の力の異常か、それともべつの要因か、たまにそれらが残ることがあります。

 それでも自然と消えてなくなります。不死ですから。それに、こうやって外部から治しに行けば、砂浜に書いた文字が波で消されるように、簡単に消えます。ガリガリと皮膚を削っていきます。

 腕を掴まれました。このままでは皮膚を削ることができません。本気を出せば彼女を振りほどけます。ただ怪我をさせてしまったら治るまでここで足止めです。


 仕方ありません。ここ数日間で彼女はセカティア並みに頑固であるとわかっています。爪で岩を削るように面倒ではありますが説得しましょう。そのためにも彼女の方を向こうとしたのですが、首が動きません。


「もう皮膚は無くなってるよ。それを通り超えて肉を抉ってる。なにしてるのさ」


 鏡を覗きます。わたしの首の両方は抉れており、皮一枚でギリギリ保たれているといっても差し支えありません。その皮一枚に触れたら頭はコロリと転がってしまうでしょう。そして首からは絶え間なく血が流れており、海を赤くしています。

 波がわたしの姿を消した瞬間には、何事もなかったかのように、わたしの首は自由を取り戻しました。首のアザははじめからありませんでした。黄金のアクセサリーも揺れて、すべてキッチリと万全です。ただカルアさんはとても気分が悪そうでした。意識は波に攫われました。

本日二本目です。本当に不思議な気持ちで今日を過ごしていました。今後もお願いします。

先頭を下げるのも気をつけなくては。不注意が多くて申し訳ありません。

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