情熱的な獣
カクタスさんと三人組が一緒にいる姿に、不思議と安心感を感じてしまいます。彼らと過ごした時間はとてもみじかく、彼らが四人でいる姿を見たのは二回ていどです。なんでしたら、べつに彼らは仲良しさんではないのかもしれません。
ワインとチーズ、硬いパンに温かいスープ、教会と導きとなる教えがあるように、あるべき場所にあるべきものがある安心感を覚えてしまいます。
彼らはコソコソと顔を寄せて相談事をしています。恋する乙女が意中の相手をまえに、友人に助けを求めているかのようで、情けなく思えます。きっと彼らの場合は絡まないでくれという合図でしょう。
ええ、ええ、わかっています。理由は分かりませんが、コソコソと動きたいのでしょう。彼らの目のまえを通り過ぎましょう。
森を進みつづけましたしたが、木の影がわれわれの影を飲み込んできました。日が隠れてしまうまえに火をつけます。そうしなくては、木々の影に紛れるしたたかな獣に襲われてしまいます。
わたしだけならば獣も影も大したことではありません。カルアさんは首を噛まれるだけでコテっと眠ってしまうでしょう。
火打ち石を炭布の近くで何度も擦り、火花を生み出します。火が付いたら空気を送り込みながら、燃えやすいものにつけます。乾燥した枝や葉っぱを投げこみましょう。メラメラと炎が燻りました。
かつては火をつけるのにも苦労しました。火が容易に手に入る時代に感謝です。覚えているかぎり、乾燥させた植物を板と棒で挟み、棒を一心不乱に回し続けたものです。火種ができたら、それを慎重に慎重に命の炎を激しく燃えあがらせようとしました。しかし、うまくいかずにこの世の不条理と意地悪な神さまに嘆きました。
雨でジメジメと湿っているときは最悪でした。暗くなっても火がつきません。月の灯りのない夜は本当の意味で暗闇です。四方八方が闇で覆われ、つねに化けもの凝視される感覚を味わいました。ちょっとした想像から化けものが生まれて来ます。木、地面の怪物。それら際限なく生まれましたので、恐怖に耐えるのに必死でした。
「あんたってそんな方法に頼らなくても火を起こせるのよね。にわかに信じがたいけど。どうしてそんな原始的な方法を使うの?」
「魔法のことですか。魔法を使うのが嫌いだからですよ。ですが魔法を使うものたち、またそれ自体は尊敬しています。しかし、わたしは自身の特異性から魔法の行使が嫌いです」
彼らは己の魂を薪にして魔法と呼ばれる奇跡を作ります。わかりやすくいうと寿命を減らして魔法の使用、また探求をしているのです。日常を補助するていどの簡単な魔法なら寿命はそう減りません。それに道具で多少なり寿命の消費を抑えられたりもします。
わたしは根本的に彼らと違いました。わたしが魔法を使うときの薪は己の魂ではなく、もっと強大で無尽蔵のなにかを燃やします。それで得られる力は計り知れません。
ある意味でズルをしているのです。ズルを非難したいわけではありません。ズルとは言い換えてしまえば、他者と差をつける競争意識からくるものです。それをもとにさらなる技術が生み出されます。イカサマなどがその例でしょう。
その巨大な力の源が嫌いで仕方ありません。そして魔法を使うと、水が低い場所に行こうとするように力が流れてくるのです。ゆえに使いません。
「もったいない話ね。使えるものを使わないなんて。まぁこだわりは人それぞれ。とやかくいう必要もないわね。火もついたし、そろそろご飯にしましょう」
「ええ、わたしは周囲の警戒をしていますので、安心してゆっくりと食べてください」
「なにを言ってるの。あんたも食べるのよ。どうせ海まで数日ぐらいでしょ? なら十分食料も持つし、旅は楽しくて好奇心に満ち溢れたものじゃないとダメなのよ。私のこだわりみたいなものよ。だからほら、とっとと座って食べるわよ」
「旅には予想外がつきまといます。可能なかぎり、安全な道を取りたいのです」
「いいじゃない、危なくて。むしろ危ないほうが楽しいぐらいよ。でも、死にたいわけじゃない。それにあなたがいればちょっとやそっとのことぐらい簡単に抜けられるでしょ。それともあなたの案内はそれほど不安なの? ほら、食べましょ」
あなたは、どうしてもう信頼を置いているのでしょうか。まだ会ってから間もありません。多少を日記で知っているだけです。それ以上は知らず、日記もセカティアの主観。実際の評価とはかけ離れている可能性も大いにあります。
危機感に欠けた信頼の寄せかたに不安を覚えます。その点もセカティアと同様です。彼女は怪しい霊媒師の話を真に受けて、へんなお守りを購入したりと、本当に色々と大変でした。
「わかりました。ほんのわずかで結構ですからね。リスやネズミが食べるような小さな一切れで結構です。ひとつのパンをゆっくりと日をかけながらいただきます」
「メルルは人じゃなかったのね。ほらチューチューご飯よ。冗談よ。リコの実はどう? むかし植えてみたら、いい感じに実るようになったの。甘酸っぱくて美味しいわよ」
「リコの実ですか。ええ、それはいただきましょう。わたしの好物です。とくに甘酸っぱいものが好きなので運命的なものを感じますね。それではいただきます」
手のひらにスッポリと収まり、ほんのりと甘い匂いを発し、皮がテラテラと光を反射するリコの実をガブっといただきます。甘酸っぱい風味が口いっぱいに広がりました。わたしの歯形がついた実の断面には蜜が溜まっています。
もうすこしだけ木にぶら下げておけば、より強い甘さを味わえたはずです。その濃厚な味わいと食感はなによりもわたしの口に合っていたでしょう。しかし、どこか寂しさを感じさせたことでしょう。この口に合っていると言えないものが与えてくれる、充実感はなかったはずです。
彼女の言うとおり食事はやはり重要なものです。わたしの心はあまりにも長い隠居で、木はみずみずしくも、実のほうは潤いをうしないかけていました。 こうやって実に潤いを与えることは、風化の防止に繋がるはずです。
「せっかくですからパンもいただけませんか? 都合がいいとは思いますが、なにやらおなかが空いてきまして。こんな感覚はひさしぶりで満たしたくなってしまいました」
「やっぱり食べたくなる。ほら、やっぱりあげない」
パンを受け取ろうとしたら真上に上げられてしまいました。届きません。とても意地悪なことをしてきました。ええ、カルアさん。あなたがその気だというのなら、わたしもそれに応じましょう。
わたしもそのむかしはかなりヤンチャでした。この手の奪い合いは不死など関係なく得意としています。それこそむかしは命がけで、お供物から食べものを盗んでいたほどのワルです。
彼女からパンを奪うことなど雑作もありません。彼女と不思議な振り付けの踊りを楽しみました。
こんなにも賑やかな夜はひさしぶりでした。セカティアともこんな風に馬鹿騒ぎしたものです。彼女はお酒に弱く、すぐに呑まれて、厄介ごとを運んできました。となりでスヤスヤと心地良さそうに眠る彼女はどうでしょうか。
わたしはあいにくと酔えません。皆が心地よさそうにお酒の力で悩みを飛ばし、生きる活力を得ている間は気分が上がらず、気まずさを感じてしまいます。
水銀や鮮やかな蛇の猛毒であろうとも、全ての液体はわたしにとって水でしかありません。溶岩や酸は別ですよ。流石に溶けてしまいます。
木の枝の長さを整えて、火にくべます。時々、目をランランに輝かせたオオカミさんがちかくに来ることがあります。火をおそれない勇敢な戦士さんです。
そのたびに手にわずかなお酒をつけて、燃える手をかれらに振ってあげます。大体のいい子は大人しく帰ってくれます。たまにいたずらっ子はなかなか帰ってくれません。
おなかすいた、おなかすいたと駄々をこねています。ここにはふたつの肉があるぐらいで、どうすることもできません。
クルクルと可愛らしいオオカミさんが、わたしたちの目と鼻の先まで迫ってきています。なにやら人に慣れていそうな気配がします。もしかしてすでに人の味を覚えているのでしょうか。
少々面倒です。放置しては被害が無駄に出るだけです。おそらく我々を逃す気はありません。仕方ありません。ここで駆除しましょう。
服をささっと脱ぎます。頭からお酒をかぶります。オオカミさんが異様な光景に驚いている様子ですが、構わずに全身に火をつけます。あとはオオカミさんに抱きつくだけです。
髪や皮膚が燃えてかなりの異臭を放っていますので、早くケリをつけましょう。カルアさんが起きてしまいます。オオカミさん目掛けて突進しようとしましたが、オオカミさんは逃げてしまいました。
下手に追って、べつのオオカミさんにカルアさんが襲われたら大変です。追うのはやめておきましょう。ゴロゴロと地面に転がりながら、焚き木とともに周囲を照らしましょう。
このような火だるまになるような行いはしないでください。わたしのような不死なら後遺症ひとつとして残らずに回復します。しかし、ただの人では私生活ひとつとしてままならないほどの重傷を負ってしまいます。
普通に死んでしまいます。現に火によって全身の皮はボロボロですし、筋肉やぷよぷよとした脂肪は豚肉などに火を通したように白くなっています。髪の毛はチリチリで最悪です。
「……なんか臭いんだけど」
カルアさん、そんなに叫ばないでください。死ぬわけではありません。ひどく錯乱した様子で怖いと言われてしまいました。非力なわたしではこうするしかなかったのです。
しかし、セカティアがわたしに何度も注意をした理由がわかった気がします。
その今日はなんとなくで二本ほど投稿させていただきます。わたしの文が少しでも読者さまの役に立てたらとても嬉しいです。暇つぶしや退屈凌ぎでも本当にありがとうございます。
それでダメな点などを教えてくださると、今後の参考にできますので、よろしければお願いします。