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びっき

作者: 凪沢渋次
掲載日:2021/05/15

すっかり遅くなってしまった。


新型のプレス加工機を2台も導入することを検討しているという話だったので、勇んでこの山奥まで営業にやってきたのだ。

1台でも売れれば大勝利の大型機械が、2台も売れると聞いて、東京からかなり離れてはいたが出張してきたのだ。自分にはこの仕事が向いてないと思っていた矢先に舞い込んできた案件だった。何が何でもこの仕事は成功させなくてはならない。


ローカル線の中ではそこそこ大き目な駅で降りて、ポツンと看板を出している駅レンタカーを使い、そこからはひたすらと地図を睨みながら、田舎道の運転だった。

基本的には1本道だったが、国道とは名ばかりで、徐々に車線もガードレールも無くなってくる。この道であっているという自信はなかったが、何せ、他に道がないのだ。あっているに違いない。特に何の特徴もない街だったが、運転中、遠くの山の上に大きな岩が突き出ているのが見えて、妙に印象に残っていた。きっと何かの観光スポットになっているのだろう。

それから何回もカーブを曲がり、いったい自分が東西南北どちらを向いているのかもわからなくなった。昼間だというのに、濃い木々のせいでで、周囲はだんだん薄暗くなってきた。

ようやく小さな看板が見えてきたのは、駅を出発して1時間半が過ぎたころだった。予定より30分以上も遅くなっていたので、途中何度も連絡を入れようとしたが、そうしたくてもこの山間は全く携帯電話の圏外であった。

看板の矢印に従い、さらに少し道なりに進んでいくと、目的地である会社「株式会社ミヤマ」の門が見えてきた。

門を抜けたところに広い駐車場があったので、すぐに車を留めた。地図だとわからなかったが、かなり標高の高いところまで来ていたようで、駐車場から見下ろすと、先ほどの駅や線路がミニチュアのようだった。

工場と思われる灰色の建物が見えたので、とりあえずそこへ向かう。

まずは遅刻を詫びなくてはならない。担当は確か宇佐見さんという女性だ。

事務所があればまずはそこに行きたいのだが、この工場らしき灰色の建物以外には建物らしきものが一つも見当たらない。

周囲にはどうにも人の気配がなく、どうしたものかと不安になっていると、

「どうかしましたか?」

と言う、女性の声が聞こえた。

声の方向を見てみると、小柄なご婦人が不思議そうな顔でこちらを見ていた。

農作業のような出で立ちだが、お歳はそうとうに召されていそうに見えた。

白髪を綺麗に束ねて後で結んでいる感じは、さながら玉手箱を開けてしまったばかりの浦島太郎だった。

「恐れ入ります、株式会社ミヤマの方でしょうか?」

ワラにもすがる想いで尋ねてみると、ご婦人はキョトンとした目のままこちらを見返した。

「ミヤマ・・・?」

今度は建物を指さして、

「こちらの工場、株式会社ミヤマさんですよねぇ?」

気分を害さないように、ことさら丁寧に、自分が怪しい者ではないことをしっかり印象づけるようにゆっくりと問いを重ねた。

「工場・・・?」

ご婦人は相変わらず、謎が深まるばかり、といった表情であった。

「工場です、この・・・・。」

振り返って、灰色のその建物を指すとすると、そこには、“工場”など無くなっていた。

いや、“工場”など最初からなかった。

そこには、灰色の巨大な岩が立ちはだかっており、小さき人間たちを見下ろしているようだった。

「これは・・・カミナリ岩と言いましてね・・・。ここいらの神様です・・・。」

ご婦人は、不思議そうな顔は変えずに、しかし、しっかりした口調で説明した。

さきほど、駅からの途中で見えた、山の上の巨大な岩がこれだった。

つい先ほどまで、この岩を工場だと思って、入り口を探そうとしていたことが、自分でも信じられず、いったい何から言い訳しようかと、頭の中が大混乱していた。

しかし、その様子を見たご婦人が、今度は、いたわりの表情でこう話しかけてきた。

「さては、あなた・・・、びっきにバカされたね・・・。」

“びっき”にバカされた。この聞いたことのないフレーズに、再度、頭が混乱した。

「“びっき”・・・と言うのは・・・?」

恐る恐る尋ねると、ご婦人は、改めて、丁寧に話してくれた。

この地方に昔から伝わる“びっき”の話を。


“びっき”は妖怪だそうな。しかし、誰彼かまわず悪さをする妖怪ではない。

“びっき”は、本当は、神様の使いなのだ。神様が空から見ていて、どうにもこのままではよくない人間を見つけると、その元に“びっき”を向かわせるのだという。

そして、“びっき”は、どうにかして、その者を、神様のおわすこのカミナリ岩まで導くのだそうだ。それは美女やイケメンとして現れることもあれば、親や宗教的指導者の姿で現れることもある。そして、ここに導かれた者は、それまでの生き方を改めるか、あるいはこの現世での活動を一度諦めるか、神様に問われるのだそうだ。

どちらにするかは本人次第だが、本人がはっきりと決断をしない場合は、神様が裁きをお与えになるのだという・・・。


「現世での・・・活動を諦める・・・と言うのは?」

ご婦人の説明の中で、一つ気になる部分があったので、素直に質問してみた。

「ま、死ぬってことですね・・・。」

穏やかな声のまま、丁寧に、ご婦人は恐ろしい答えを返してくれた。

つまりだ、簡単に言えば、ここに連れてこられた人は、元々、よろしくない人間で、それを悔い改めるか、そうでもなければ殺されるかだということだ。

ここにいる時点ですでに、その選択のルールの舞台にエントリーされてしまっているわけだ。

「岩に登ってみなさい、正座する場所がありますから。ここだなって場所がありますから。」

ご婦人が、カミナリ岩の上の方を見上げながらそう言った。

のっぺりと切り立った岩だと思っていたが、よくよく見れば、足をかけて登りやすいように、たくさんの窪みや出っ張りがあった。

高さは目測で10メートルはあるだろうか?もちろん命綱などない、自然のままの岩だ。

よくよく見れば、上の方には注連縄がかかっている。

左右の手足を要領よく岩の凹凸にかけていき、匠に体重移動して、少しずつ上を目指した。腕も腿も、指先もぷるぷると震わせながら、それでも必死に岩にしがみついた。半分当たりまでくると、少しコツがわかり、先人達も掴んだであろう、凹凸をしっかりと踏襲し、テンポ良く登れるようになっていた。

そして、ついに岩のてっぺんにまで上がってくると、ご婦人の言うとおり、確かにここだな、という直径1メートルくらいの平らな部分があり、そこで正座して、次に何が起るのかを心して待つことにした。

山の上の、さらに巨石の上なので、たいそう見晴らしがよかった。天気は薄曇りだったが、麓の街はもちろん、遠くの山々の稜線も綺麗に見えていた。

確かにこれまで、神様に誇れるような人生ではなかった。後ろめたいことも多い人生だ。

そしてまんまとここに導かれてしまったわけだ。

ご婦人の話していたような神事が、これから起るのだとすれば、おそらく夜であろう。神様は、だいたい、こんな白昼堂々と現れるものではない。

ご婦人がどんな様子かを覗き込もうとしたが、岩が垂直に切り立っているせいで下がよく見えなかった。カバンも上着もすべて下に置いてきてしまったので、夜まで時間を潰すためのものが手元に何もない。そもそも、神様を待つのに“時間潰し”なんて発想も不謹慎なのかも知れない。

下から、何か聞こえた気がしたので、もう一度覗き込もうとしたが、やはり高さと角度の問題で、ご婦人の様子は見えなかった。しかし、何かが確実に動く音はしており、それは車のエンジン音にも聞こえた・・・。


それから約1時間経っても、神様は現れなかった。

代わりに、岩の下には1台のパトカーが到着した。

警察がメガホンで「降りてきなさい」と言うので、素直にそれに従った。

「びっきにやられたね。」

警察官は哀れみながらも、少し苦笑していた。

「びっき様に?」

警察官は呆れ顔で続けた。

「“様”なんて付けなさんな。びっきは“置き引き”のことだ。」

“置き引き”。つまり、岩の下に置いていったカバンや上着、その中に入っていた財布や仕事道具の全てを、あのご婦人に持っていかれたのだ。しかもレンタカーも持っていかれていた。

「災難だったが、自業自得だよ。あのびっきに狙われるってコトは、あんたも同業者だろ?」

警察は、同情の余地無し、と言わんばかりに、乱暴に、降りてきたばかりの私の腕を引っつかみ、パトカーに乗せた。

最初からみんなわかっていたわけだ。

私が詐欺だということを。

新型プレス加工機械だと言ってガラクタを売りつけようとしていたことを。

やはり、私はこの仕事に向いてなかったのだ。

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