⑥里に近付く暗雲。
「こんちわ~。ショーヤさんいらっしゃいますか~?」
今日はおにーちゃんのポルトが一人で、麓の里までお使いにやって来たみたいです。
「おっ? ポルト君か! 言われていた【岩塩】と【砥石】が届いとるよ。まあ、上がってお茶でも飲んでいとくれな?」
「あー、いいっすよ……って、まぁ、いっか……」
ポルト君は庄屋さんに気遣い要らずって言いたかったみたいだけど、庄屋さんはもう納屋まで行っちゃったようね。一人残されたポルト君の所に、レミィナちゃんがお茶を持って来ました。
「……何で私がお茶出ししなきゃならないのよ……ハイ、これ。」
ブツブツ言いながら、それでもちょこっとだけ頬を赤らめたレミィナちゃん、ポルト君の前にカップを出すと、むっつり黙り込みながら前の椅子にそのまま腰掛けちゃいました。
「……あちっ! ……だからイヤなんだよなぁ……熱いの苦手なんだよ……冷ましてくんねぇ?」
「ばっ、バカじゃないの!? な、何で私がアンタのお茶を冷まさなきゃなんないのよ!!」
あー、なにやら喰って掛かってますねぇ……でもね? レミィナちゃんも、イヤならさっさと腰を上げちゃえばいーのに、結局そこから居なくならないのよね……ふふふ♪ 嫌い嫌いも……好きの内、ってのかな?
「……ねぇ、アンタ……最近あんまり里に来ないじゃん……そんなに山仕事が忙しいの?」
レミィナちゃんが頬杖突きながら、椅子の端から足をプラプラさせてポルト君に訊ねます。
「ん~? そーでもないぜ。春も一段落だからねぇ……そろそろ日除けのエンドウ豆蒔いたり、早めに草刈りする位しかないけどさ……」
やっとこ冷めたお茶に手を伸ばしながら、ポルト君が答えます。そんな彼をレミィナちゃんは、長い睫毛の間からジロッと音でもしそうな目付きで見ながら、若草色のカーディガンを軽く羽織直してエヘン、と咳払いしてから、
「ふ~ん……ねぇ、だったらさ……うん、ハッキリ聞いちゃうけどさ……」
白いブラウスから伸びた、負けずに白い腕の指先をよちよちと絡めて考えてから、レミィナちゃんが切り出しました。
「……ポルトってさ、ピタちゃんの事、どう思ってんの?」
彼女の言葉を聞いたポルト君、一瞬だけ固まりました。それからゆっくり口を開き、でも言葉が出ないまま瞬きを何回かした後……答えました。
「……どうって、何がだよ……俺の妹じゃねーか。それが一体何なんだって……」
「そうじゃないの!! ……あっ、つまりその……その……」
レミィナちゃん、思わず強めに声を出してから、慌てて頭に着けていた髪留めをいじって気を落ち着かせて、
「……お、女の子として見て……たり、しないのかな……って。」
うわっ!! 上目遣いで聞いちゃいましたよ!? 恋する乙女そのものじゃないの!! ほらポルト君!! 目の前に乙女が居ますよ!! 気付け!! 気付けってばッ!!
……あ、私がコーフンしてどーなんだってのよね……うん、落ち着こうか……でもさ~、こーやってポルト君の後ろから眺めていてもさ、レミィナちゃんも良い線いってる娘なんだよ? お姉ちゃんは随分前に嫁いじゃったけど、里の若者のほぼ全員が涙で枕を濡らした位の美人だったからねぇ……妹のレミィナちゃんも、今はまだ発育半ば、って感じだけどさ、これからの成長具合じゃあ、お姉ちゃんと変わらぬ美しさを発揮すると思うけどねぇ。
「……はぁ? 女の子として……? 何を言い出すかと思ったら……お前に関係ねぇじゃんか……」
「か、関係は無いかもしれないけどさ……ピタちゃん、可愛いしさ……さ、里の男の子も、結構真剣にお付き合いしたいって言ってるのよ?」
「うえっ!? ま、マジでかよ!! ……ふ~ん、そうなんだ……」
あーあー、ポルト君もズバズバ言われちゃったから、ちょっとびっくりしたみたいね。少し考え込んじゃった。
「……この前さ、お姉ちゃんの服、少し分けたげたじゃん……で、その中に紺のつやつやした色のリボンが有ったのよ。それでさ、ピタちゃんの髪の毛束ねてあげたらさ……ピタちゃんって、陽に当たると金髪っぽく見えるじゃない? それでリボン着けると、凄く大人っぽく見えてさ……」
「……だから、何だってんだよ……ピタは、妹なんだから……」
レミィナちゃん、ホントは負けたくなかったみたいなんだけど、でもピタちゃんの方が綺麗に見えちゃったから……少し慌てちゃったみたいね。だからつい、一人っきりのポルト君に問い質したくなっちゃったようだけど……
「……知ってるわよ? 【犬人種】って、兄妹同士でも……結婚出来るって……」
ポルト君……ぶへっ、てお茶吹いちゃったから……タイミング大事よ!? 今じゃないわよ、レミィナちゃ~ん!!
「ゲホ、うぉ……ば、バカかお前!! そーゆーの、いきなり言うなっての……」
袖口で口を拭きながら、ポルト君が当然のように言い返しますけどねぇ……慌てるってのが答えになっちゃってるんだよなぁ……。
「ポルトのお母さんが言ってたの……聞いたもん……ウチのお父さんにさ……」
「……何て、言ってたんだよ……」
「……【二人が決める事だから、大人がとやかく言う事じゃない】って……だからね、私もその後でお父さんに聞いたのよ? どーして兄妹で一緒になれるの? って……」
ポルト君、レミィナちゃんの言葉を黙って聞いてます。耳をピクピクさせながら……あ、真剣な顔の時のポルト君って、すごく凛々しいんだよねぇ……って、関係ないけどさ、今は。
「……そしたら、【二人は親が違うから、国の決まりでも里の掟でも全く問題無いし、元よりコボルトは兄妹でも元気な赤ちゃんが産まれる】って……」
「い、いきなり話が飛ぶなぁ……で、だから何なんだよ……」
うわっ!? まだ気付かないの!! ポルトくぅ~ん!! イイ加減にしないと、山の神の私もちょっと怒るわよ……?
「も、もぅ!! まだ判んないのっ!? だから私は……その……」
ほらほらっ!! 早く言っちゃいなさいよ!! レミィナちゃん!!
……って、盛り上がってる最中に、バタンと扉が開いたから。てっきり庄屋さんが戻ってきたんだと思って、つい(呪ってやろうかしら……いい所だったのに!!)ってなっちゃったんだけど……入ってきたのは、黒いベレー帽を被った、この辺りじゃあんまり見掛けないキチンとした身なりの【町のお役人】だったのよね。
「お取り込み中に失礼しますね……ここのご主人は、ご在宅ですか?」
ちょっと若めの彼が、二人に向かって丁寧に尋ねます。
「……父ですか? 今少しだけ席を外してますが……何か御用ですか?」
「ああ、娘さんは庄屋さんのご家族なのかい? だったら……これを渡して貰いたいんだ」
彼はそう言うと、腰に提げたポーチから書簡を出すと、レミィナちゃんに向かって差し出しました。
「……これは……?」
「うん……詳しくは開けて見て貰いたいんだがね……まあ、つまり……追加の【徴集兵】についてさ。」
……あ、そう言う事ね。でも、里からは二人も兵隊に出したから、追加は無い筈なんだけど……確か、十五歳位の若者が出たから……里にはもう、他に出せる人は居ない筈……っ!?
「……それって、俺も入ってるんですか?」
ポルト君……あんた、何で乙女の胸の内は察しないクセに、こーゆー時は気回し出来んのよ!!
「ふむ? ああ、コボルトのお兄さんか……無論、近隣在住の若者で年齢が達しているならば……失礼だが、君もそうなのかい?」
顎に手を当てながら、彼はポルト君を値踏みするみたいに見ていると……無表情のまま、答えちゃったのよ……。
「……自分は、今年……十五歳になりました……」