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⑤魚取り。



 新緑の季節って、生き物はみんな浮き足立つって言うか、ソワソワするって言うか……きっと、冬の間に死んじゃった仲間の分も頑張って子供を増やさなきゃ、って思うんじゃないかな?


 うちの山にも沢山の生き物が居て、雪の中で雪崩に巻き込まれて死んじゃったり、寒さと飢えで死んじゃったりした子達も居たみたい……でも、そんな子達の身体も、残された他の動物のエサになったり、草木の肥やしになったりして役に立つのよね。


 だから、みーんな繋がってるって訳。勿論、ピタちゃんやおにーちゃんも、みんなそーやって生きているのよ。例外なんて私みたいな存在位じゃないかな?


 で、今日も二人は山の中。お母さんは用事が有るから、また里に降りたみたいだけど、足の調子が良くなったピタとおにーちゃんは、川に行って魚を捕るつもりみたい。どーやって捕るつもりなの?





 「……そーそー、そーやって溜めてから……勢い良く振る!!」

 「ふわあぁーー!! って、感じかな?」


 ピタとおにーちゃんは、河原の淵の岩陰の向こう側から、良くしなる細い竿の先に、馬の尻尾から取った硬い毛を撚って作った糸を付け、毛鉤を川面に振り込んでいます。


 釣りをした事の無い方に判り易く説明すると、糸の重みを利用して全体が真っ直ぐ伸びるように振り上げて、ゆっくりと川面に落とすように振り下ろすみたいです。


 そーやって魚が居る辺りより上流に落とした毛鉤が、水面に落ちた羽虫がもがきながら流されて行くように見せると……


 「うわっ!! おにーちゃん!! 魚が出たッ!!」

 「……残念、ヘタっぴな魚だったね……」


 ピタの毛鉤に飛び付いた魚が反転し、水底に逃げて行きましたが……毛鉤は水面に浮いたまま。勢い良く飛び出して来る魚は、時々こーやって食い損ねてしまうんです。身体の大きな魚は、落ち着いてゆっくりと近付き、じっくり観察してから食い付くから、外さないけれど……


 「きいいぃーっ!! 今の無しんこだよ!! 魚、尻尾で叩いて行ったんだけど!?」


 ピタは悔しそうにギリギリと歯を食い縛りながら、大きな魚が潜って行くのを眺めています。でも、おにーちゃんは別に怒ったりはしません。


 「大きい魚は、同じ場所に付くさ……ピタ、毛鉤を変えてみろよ?」


 そう言いながら、ピタから竿を受け取ると歯で毛鉤の先の糸を切り、今まで使っていた大きな鳥の羽根から作った茶色い毛鉤から、見るからにヨレヨレの毛糸のような毛鉤に交換しました。


 「……何だか見た事の有る色なんだけど……あっ!! これ、私の冬毛じゃないかなッ!?」

 「おー、流石は我が妹だなぁ!! 当たりだよ……って、痛い痛いって!!」

 「おにーちゃんはデリカシーってモノが無いのかなッ!? いつの間にそんなモノ作ったのかな!!」


 ポコポコとおにーちゃんを叩くピタでしたが、彼の見立てが外れた事は今まで一度もなかったので、仕方無く文字通りの【マイ毛鉤】を振り上げて、さっきと同じ場所に流します。


 ちなみに元々、毛深くないピタです。冬毛と言っても髪の毛の一部が綿毛のように軽く細いだけで、ブラシで髪の毛を櫛削(くしけず)った後に残ったそれを使っただけなんですよ? でも、親しき仲にも礼儀有り。この次は彼女にキチンと説明してから貰いましょうね?


 ……さて、毛鉤二号(ピタスペシャル)は水面に落ちると、直ぐに水底に沈んでしまいました。


 「ピタ、石に引っ掛かると面倒だから、ちゃんと竿を立てて浮かせて流すんだよ?」

 「ふあぁ~い……むう……釣れないなぁ……」


 言われるままにヒコヒコと竿先を持ち上げながら、毛鉤二号を水の中で浮き沈みさせるピタ。


 ピヨピヨと小鳥が鳴きながら水面の上を飛んで行き、小さな魚達はその影に怯えて逃げたりしていますが……そろそろ糸の長さの限界に達しそうになり、ピタは竿を揚げて毛鉤を回収しようとしました。でも、ゴンッという手応えが伝わるけれど毛鉤は浮かんで来ません。


 「……あれ? 岩に引っ掛かったかな?」


 ゴンゴンと竿先に伝わる感触は、まるで岩のよう。ピタは何度も竿先を煽りますが、おかしな事に少しづつ動いているような気がします。



 「……おい、ピタッ!! それ魚だよッ!!」

 「ひゃいっ!! お、お魚なのかなッ!?」


 おにーちゃんの声に驚き、変な声を上げながら一気に竿を立てると、ガツンッ、と鈍い感触から続けてガンガン、と竿先が左右に振れ始めます。生き物特有の力強い動きを伴いながら、じわりと絞られた竿が、突然強烈な速さで水面まで引き込まれ、ぎゅんぎゅんと水の中へと引っ張られていきます!!


 「きゃああああぁ~ッ!! 何これぇ~ッ!!」

 「バカッ!! 早く後ろに下がれッ!!」


 思わず悲鳴を上げたくなる程の強烈な引きに、ピタの細い腕はプルプルと震え、握り締める指先はあっという間に真っ白に……もうダメだ、と諦めかけた瞬間、後ろから伸びた指先が、がっしりとピタの手を覆い、背中越しにおにーちゃんのお腹が当たりました。


 「……デカイぞっ!! 力入れて……引っ張れっ!!」

 「……ふえええぇ……うーんっ!!」


 二人は身体を密着させながら、必死になって竿を引っ張りました。馬の尻尾の糸がキリリ……と鳴り、その力強い引きにいつ切れてもおかしくない程に張り詰めます。


 「……出たッ!! 魚に空気吸わせろ!! 弱る!!」

 「きいぃ~ッ!! いやああぉ~っ!!」


 おにーちゃんは魚の頭を見て、その大きさに驚きながら……ピタはおにーちゃんと密着して恥ずかしくて仕方無いまま、とにかく力を合わせて一気に魚を引き寄せました!!


 ばしゃ、ばしゃばしゃばしゃ……


 やっと、川岸まで手繰り寄せた魚は、ピタの指先から肩まで届きそうな大物でした!! 真っ黒な眼、ギザギザの細い歯が並ぶ口……そして真っ黒な身体。ヌメヌメと光る鱗が妖しく光を反射し、ピタの掌より大きな尾鰭で水を叩きながら身を捩る姿は、川の主に相応しい貫禄と威厳に満ち溢れ、流石のおにーちゃんも見た事の無い大きさでした。


 「やったな!! 前から何回か見た事有ったけど、一度も釣れた事無かったんだよなぁ……それにしても、デカいイワナだなぁ……」


 おにーちゃんはエラの付け根に指を差し込んで、ぐいっと持ち上げようとしたものの、余りの大きさに片手では持ち上がりません。両手で持ち上げた魚のエラに素早く紐を通し、口から出して結んで留めると、端を石に縛り付けておにーちゃんはピタの肩を叩きながら、


 「すげぇじゃん!! ピタ、やったな!!」

 「ふええぇ……つ、疲れた……」


 手荒い祝福に顔をしかめながら、力が抜けてペタンとしゃがみ込んでしまったピタでしたが……でも、背中に残るおにーちゃんの温もりが、何だかムズムズする位に嬉しかったようです。


 (……でも、もう少しだけ、くっついてたかった……かな)


 心の中で呟きながら、ピタはよっこいしょと立ち上がり、魚を運ぶ為に袋を取り出すおにーちゃんに近付いて、声を掛けます。


 「おにーちゃん、私も手伝おうかな?」

 「ん~? 大丈夫だよ……って……うぉおい!!」


 この位なら一人で運べるさ、と告げようとしたおにーちゃんは、いきなり尻尾の先を掴まれて声を上げてしまいました。


 「何だよ!? 急に掴むなって……びっくり……ん?」


 そう言いながらピタに抗議しようとしたおにーちゃんでしたが、振り向くと直ぐそばにピタが居て、思わず出しかけた言葉を飲み込みました。


 「えへへ……ゴメン!! でも、私の毛で大物が釣れたんだから、おにーちゃんの毛でもお魚釣れるんじゃない?」


 そう言いながらフニフニと、指先でおにーちゃんの尻尾の先を撫でつつピタが提案しますが……彼の目線は彼女に釘付けになりました。


 コボルト特有の豊かな毛に包まれたうなじの周辺は、春の心地好い風に僅かに揺れ、芳しい花に似た香りを漂わせながら、おにーちゃんの心を揺り動かします。


 ……思わず、そこに顔を埋めてしまいたくなりそうな誘惑を振り払い何とか身体を引き離すと、黙ったまま歩き出しました。


 先に進むおにーちゃんの後を、釣竿を抱えるようにしながらピタが続きますが……二人は家に着くまでそのまま無言で歩き、お母さんに「ケンカでもしたの?」 と聞かれてしまったのですが。




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― 新着の感想 ―
[良い点] うん、かわいい。 [一言] 可愛い、ひたすらに可愛いです。 同じ作者が本当に雄猫を描いたのか?と思いました。 それはさておき頭の中で”小さな恋のメロディ”のテーマが流れているんですが、ど…
[一言] 割烹欄では『童話かな?』と言いましたが、異世界恋愛でもいいんじゃないかな? という展開ですね! むしろアリだわぁ……(*´∇`*)
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