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②お母さんと庄屋さん。



 何時もと同じ筈なのに、何だか何時もと違う朝。


 何時もと同じ朝なのに、今日は何だか暖かい。


 お母さんが居るだけで、何時もと全然違う朝。



 ……少しだけ、遅く起きても、いいよね? お母さん……。




 「ほらぁ、ピタッ!! 早く起きなさいっ!!」

 「きゃあ~ッ!?」


 ……とか何とか思ってた矢先に手荒い起こし方! お母さん朝から飛ばしてます!! 掛け布団ごと抱き抱えながら持ち上げて、そのままシェイクシェイク!! ……お陰様でピタの意識はちょっと飛びました。




 「……ねえ、お母さん……起こすならもう少し優しく起こしてほしいかな……」

 「そう? この位スキンシップの範疇だと思うけど?」


 何事も無かったかのように平然と朝の食卓を囲む三人ですが、ピタはお母さんに抗議中。勿論お母さんは全く動じず平然とパンを食べてます。


 「……ピタの言う通りだぜ? 俺もそう思う……」

 「あらそう? ポルトもああやって起こされたら、やっぱり嬉しいんじゃないの~?」

 「ちっ! 違うから止めてくれよ!?」


 ニヤニヤ顔のお母さんにおにーちゃんは慌てて全否定。そりゃそうですよ、いきなり部屋に踏み込まれてハグされながら起こされたんですからねぇ……。


 「だって久し振りだったから、つい嬉しくて……ねぇ?」

 「ねぇ? じゃないっての!! もう勘弁してくれよ……」


 おかあさんに冷やかされて、顔を真っ赤にしながらパンに齧りつくおにーちゃん。二人とも難しいお年頃になったみたいですが、お母さんにとってはまだまだ子供なんです。


 (……こうして居られるのも、果たして何時までかな……)


 心の内では少しだけ複雑なお母さん。そのうち手元を離れて巣立っていく二人でしょうが、まだ一緒に居たいと思う気持ちもありますし、成長を楽しみにしている面も有る訳で……。



 「あ、そうそう。二人とも【氷室】を今日中に閉めるから手伝ってくれる?」

 「あ、そうか。確か熊肉がまだ有ったと思うよ」

 「じゃあ、ピタはお肉を塩漬けにしようかな?」


 用事を思い出したお母さんが二人にお願いすると、貰い物の熊肉が無駄にならないよう加工するようです。


 「じゃあ、私は里に挨拶に行ってくるから、その間に宜しくね?」


 お母さんはそう言うと、麓の里の庄屋さんの家に戻った事を報せに行く為に支度を始めました。通い慣れた道ですから、昼過ぎには戻れるでしょう。旅先で手に入れた貴重品を少しだけ鞄に詰めて、お母さんは出掛けて行きました。






 (……すっかり雪は無くなってしまったわね)


 山の春はあっという間に行き渡ります。軽快な足取りで麓を目指すお母さんは歩き易くなった里への道を降りながら、芽吹き始めた木々の梢を眺めつつ先を急ぎました。


 時々立ち止まって周囲を見回すと、鹿が逃げて行ったりリスが木のウロに逃げ込んだりしますが、危険な動物には出会いません。


 この辺りの山々は里の猟師達の縄張りですので、狼や熊は見掛ける事は有りません。それでも行動範囲の広い熊とたまに出くわしたりする事も有りますが、山暮らしの長いお母さんにとっては怖い存在では有りません。先に見つけて熊避けの鐘を鳴らせば熊の方から逃げていきますし、それでも近付く熊には彼等が嫌がる臭い玉でも投げ付けてしまえば戦う事も避けられます。


 そうして暫く山道を降り続けていくと、灌木の切れ目から麓の里が見えて来ました。お母さんは軽く息を整えてから再び歩き、里の物見櫓(ものみやぐら)に陣取るお年寄りに声を掛けました。


 「お久し振りです! イルメアが来たと庄屋さんに伝えていただけませんか?」

 「……おお!? これはこれは久しいねぇ!! 何時戻ったんだい?」

 「はい、昨日です。また御厄介になりますので挨拶に伺いました」

 「ああ、判ったよ。おーい、イルメアさんが帰ったって庄屋さんに伝えに行っとくれ!」


 物見櫓の下の番屋で彼女を出迎えたお年寄りは中に居た若者にそう言うと、居眠りしていた若者は目を覚まして暫く彼女に見とれてから、慌てて庄屋さんの家に駆けて行きました。


 「いや、それにしても相変わらずベッピンさんだねぇ……二人とも大きくなったんだから、良い相手を見繕って所帯持ってもいいんじゃないかね?」

 「あらあら……誉めたって何も出ませんよ? でもまだまだ二人とも子供ですから、手の掛かる内は気儘にやらせて貰いたいですし……男なんて何時まで経っても子供と変わりませんから」

 「あははは! そりゃそうだね! 確かに確かに!!」


 そんなやり取りをしていましたが、やがて彼に別れを告げると里の真ん中にある庄屋さんの家に向かって歩き始めました。



 里には【人間】しか居ませんが、長く彼等と付き合ってきたお母さんとはみんな顔見知りです。おまけに世間に疎い者でも彼女の噂は知っているので、里の中を歩いていても気さくに挨拶してくれます。


 「おっ? イルメアさんじゃないか! 帰って来てたんだな!」

 「ええ、またお世話になりますね?」

 「いいっていいって、気にしなさんな! そうだ、ワラビが沢山有るから後で寄っていきなよ、分けるからさ!」

 「そうなんですか? では、後程伺いますね?」


 そうして里の人に挨拶しながら庄屋さんの家に着くと、報せを聞いた庄屋のアラバスタが姿を現しました。彼に手土産の品を差し出しながら、イルメアが語り掛けます。


 「お久し振りです、アラバスタさん。里の人々にお変わりは有りませんか?」

 「うむ……まあ、立ち話も何だから、中へお入りください」


 二人は屋敷の中に入り、客間で向かい合いながらソファーに腰を降ろします。奥からアラバスタ夫人がお茶とお菓子をお盆に載せて差し出してから、会釈をして立ち去ります。二人だけになり、アラバスタは改めて話し出しました。


 「里の者に変わりは……あるとも。若者が三人、帝国に出征したよ。規約通りだから仕方無いが……果たして生きて帰るかどうか、私には判らない。イルメアさん、帝国はまだ、戦を続けるつもりなのか?」


 彼の問いに暫し考えてから、ふと顔を上げてイルメアが答えました。


 「……帝国は、連戦連勝です。早い内に敗けが多くなれば、諦めて退くと踏んでいたのですが……【()()()()()()】も警戒は怠っていません。しかし、帝国の東西将軍も健在ですし、最近は【鷹馬(イーグルホース)】の運用も軌道に乗り、破竹の勢いに翳りは見えませんね」


 彼女の返答にアラバスタは肩の力を落とし、顔を手で覆いながら苦しげに呟きました。


 「……ちっぽけな辺境自治体の思惑など帝国は意にも介さぬだろうな。だが、我々とて生きる為に帝国に与して立場を守らねば、帝国が動くだけで簡単に踏み潰されるだろう……困ったものだな……」


 彼の言葉を聞きつつお茶を喫したイルメアは、話題を変える為に旅先で出会った様々な者達の話を始めました。


 「……それで、私はこう言ったんです! 【だったら眼で豆噛んで耳から飛ばしなさいよ?】ってね。そーしたらソイツ、ホントに眼で噛もうとしてギューギュー目玉に押し付けたんですから!!」

 「くっ!? ほ、本当にやったのか!! なんてバカな奴なんだソイツは!!」


 彼等の奇行に聞き入っていたアラバスタは腹を抱えて笑い出し、暫し辛い日々の悩みを忘れる事が出来たようです。



 小さな里の屋敷に彼の笑い声が響く今日、帝国は建土以来の大勝利をしましたが、彼等には関係の無い事です。


 ……今、この時までは。





 

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