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①春が来ました!



 ぱた、ぽた、ぴちゅん。


 軒先から延びた氷柱が溶けて、雫になって落ちる音。うーん、まだ眠たいけど、起きなきゃ……。でも……、



 「おーい、ピタっ!! 起きろ~!!」

 「お、おにーちゃん! ()()()()()()()ずかずか入って来ないでくれないかなっ!?」


 もぞもぞとベッドの上で微睡んでたピタは、不意に部屋へと飛び込んできたおにーちゃんに不満を漏らすが、相手は全然気にしやしません。


 慌てて跳ねた髪の毛を正しながら身を起こし、枕で顔を隠していたピタは、おにーちゃんを部屋から出ていくように睨み付けてみるけれど、


 「ん? 何かやらかしたのか? あ、そっか……オネショか?」

 「ばっ!? バカ言わないでくれるかなッ!? ピタは赤ちゃんじゃありませんッ!!」


 顎の下に手を当てながら余計な事を言う彼に、顔を真っ赤にしながら手を振り回して反論していたピタは、はふぅとため息ついてからベッドの脇に掛けてあった杖を手に取り床に足を降ろし、よっこいしょと言いながら立ち上がります。


 「判ってるって……ゴメンな? 起きて来ないからどーしたかって気になってさ。ま、可愛い妹の寝顔を拝めたからヨシってもんだがな~」

 「ふえっ!? か、可愛いとか言わないでくれないかな……もう。……ん、あっ!?」


 けれど、おにーちゃんの思わぬ反撃によろけて倒れそうになり、あたふたと手を回したピタでしたが、おにーちゃんは彼女を軽々と支えながらベッドへ座らせてから、


 「よっと! うん、軽いなぁ……ピタは。もう少し肉食べた方がいいんじゃないか?」

 「お、お肉は好きだけど身体には付けなくないかな……」


 そんなやり取りをしていた二人でしたが、今日はいつにも増して何だか落ち着きません。それは春になって暖かくなるだけでも、山の豊かな恵みを手に入れられるからでもないんです。



 そう、ようやっと【お母さん】が帰ってくるからです!




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━




     【稲村皮革道具店本館】謹製


      《ピタとおにーちゃん》





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 ピタ達が住んでいる山小屋からかなり離れた山の峰に、黄金色の毛皮を纏った一匹の狼が現れました。


 その狼はくんくんと鼻を効かせてから周囲を見回し、特に背後を何回も振り返ってから身を低くし、耳を澄ませます。



 (……あいつらは撒けたみたいね……全く、懲りもしないで、毎度しつこいんだから……)


 と、狼は突然お腹に手を当ててスルスルと毛皮を開き始め、グイと頭を持ち上げると人間の顔が現れました。


 ……いや、良く見てみれば金色の長い髪の毛からひょこんと尖った耳が付き出していて、顔もどことなく犬のよう。そう、人の身体に犬の毛皮と尻尾を持った、いわゆる《犬人種(コボルト)》だったのですが、地味な茶色いシャツの首元から下にはふくよかな胸が、そしてくびれたお腹から背中にかけて緩やかな曲線を描く引き締まった腰の下には豊かなお尻。つまり、誰が見ても羨むようなスタイルの女性だったのです。


 「……半年かぁ……二人ともまた大きくなってるかな?」


 鋭い眼光を放っていた目元が緩むと、彼女は嬉しそうに微笑んでからまた表情を引き締め直し、降ろしていた弓矢と荷物を再び担ぎ直し、再び慎重に進み始めました。






 ピタとおにーちゃんのお母さん、名うての《追跡者(チェイサー)》として活躍しているイルメアは、夏の終わりから春にかけて様々な依頼を承けながら各地を放浪し、多くの称賛と高い信頼を得ている【追われざる弓の使い手】と呼ばれているのです。


 でも、彼女は一人目の養子のおにーちゃん、そして更に二人目の養子として迎えた【稀少種】のピタと暮らし始めた時、苦しい選択をしなければいけませんでした。



 【追われざる弓の使い手】として数々の名声を勝ち得てきたイルメアでしたが、その活躍の代償として彼女を付け狙う不埒な同業者と相対する事になってしまいます。でも、彼女は慎重に行動し、彼等を撃退しました。


 ……でも、イルメアはそのせいで逆恨みを買い、郷里に残した二人と離れて暮らす事を余儀無くされてしまいます。しかし、幼い義妹を抱えながらもおにーちゃんは「ぼくたちだけでがんばるから、おかーさんもまけないでね!」と逆にイルメアを励まして送り出したのです。


 ……涙を堪えながら、イルメアは幼い二人を山里に残し追跡者の目を眩ます為に旅立ちました。二人を護る為に……そして無駄な殺生を避け、新たな遺恨を残さぬ為に。





 イルメアが遂に里に戻った日、ピタは十三歳になりました。





 ……ここだけの話ですが、限り無く人に近いといえど、大人になるのが早いコボルトの血を引くピタは【大人の女性】と同じになりました。……まあ、その事についてはまた、いずれ。




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