#8 覚醒の予兆、忍び寄る影
時は陸が格納庫に連れ込まれた頃。格納庫から100m離れたビルの屋上から、その姿を望遠スコープで見つめる影が。
ザザッ……
「Aポイントから全員へ。ターゲットが格納庫に入った。そろそろヤツがお出ましのはずだ。各自電磁迷彩を起動させろ」
ザザッ…
「Bポイント、起動したッス!!」
「え〜こちらCポイント、同じく起動完了や!!」
「Dポイント、起動完了よん♪」
「Eポイント起動完了。オカマは黙れ」
「んなによぅ、男か女か分かんない体型のコはお黙んなさい♪」
「っ!!!貴様、恥を知れ!!!」
「えと…Fポイント、起動完了…です。皆さん遊びじゃないんですから、あの、もうちょっと、その…緊張感があっても…」
「なによ、おチビは黙んなさい♪これはアタシとツルペタの争いなの。周りが首を突っ込んじゃダメダメ♪」
「ち、チビって…チビって言われた…。っグス。ふぇぇ…」
「つ…ツルペタ…だと!?貴様…このガチホモが!!!」
「んふ♪アタシにはそれ、褒め言葉よん♪それにアタシはガチホモじゃないわん。女のコも好きだけど、男のコのがもっと好・き・な・だ・け♪」
ビルの屋上に立つ影は、隊員の緊張感の無さにため息をついた。
「…はぁ。ふざけるのはそれ位にしておけ。ヤツの強さは分かってるだろう?だからお前達を呼んだのだ。少しはわきまえろ」
「はぁ〜い♪でも隊長。ホントにあのコが狙われるのん?アタシには全然そんな気がしないんだけど♪大体『氣』もあんまり強くなさそうだしぃ♪」
「グス…あ、それには私も、同感…です。先程から…探知はしてますけど…その…お世辞にも強いとは…その、言い難い気が…」
「確かにそうなんだが…。観測隊の報告だと、『彼』はヤツを知覚したらしいのでな。潜在的に内に秘めていた『氣』が、ヤツと会う事で不安定ながらも漏れだしている可能性がある」
「ですが…その…まだそれは可能性の話であって…確定はしてない…ですよね?」
「まぁそうなんだが…!!来た様だな。皆、気を引き締めていけ!!」
「「「「「はい!!」」」」」
『ヤツ』と呼ばれる化物は、電磁迷彩で姿を隠し、『氣』を抑えている彼らに気付きはしないものの、暫く辺りを見回していた。
(毎度の事ながら…感覚が鋭いな…)
しかし目の前の『餌』に注意がいっている様で、大した確認も取らず格納庫に入っていく。
「よし、入ったな…。全員能力発動申請はしてあるな?」
「勿論ッス!!」
「当たり前や!!」
「んふ、当然よ♪」
「問題ない」
「はっ、はい!!大丈夫です」
「中の人を一人でも多く助けたい。B、C、Dポイントの隊員は所定の位置に。私と、E、Fは前衛のバックアップだ」
「なっ…私がバックアップ!?何故です隊長!!」
「アンタは前回の傷が癒えてないじゃない。今回は指をくわえて見てなさい♪」
「そういう事だ。ヤツは前回の戦いでかなり消耗しているはず。出来ればここで仕留めたい。それ故の配置だ」
「くっ……。分かり…ました」
既に格納庫からは叫び声や爆発音がし始めている。
「ぐずぐずしてる暇は無い。行くぞ!!!!」
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陸は再びモノクロの世界にいた。だが今回はさっきの様に走馬灯を見ている訳ではなく、身体が動かせる。
「…どう…なってる…?」
化物の振るった腕は陸の頭上5センチ位で止まっている。
「いや、止まってる訳じゃない…?」
化物の腕をよく見ると、ミリ単位で動いていた。
なんだか良く分からないが、助かりそうなのは確かだ。
陸は必死に身体を引きずり、振り下ろす腕の少しだけ横に移動した。
横に移動した事で、化物の振るう得物が分かった。
「…糸?」
化物の手首から細い糸のような物が伸び、空中で固定されている。
人やバイク、コンテナさえ安々と切り裂く糸(?)。どのくらいの切れ味なのだろうか?
陸は落ちていた握り拳程の石を拾い、糸に向かって投げつけた。
糸にぶつかった石は、紙を切るかの如く真っ二つになった。
陸は言葉も出ない。
すると、モノクロの世界が瞬く間に色を取り戻した。
化物の腕が空を切る。化物は空振りした腕の数センチしか離れていない俺を見て、目を見開いた。
「…カワシタ?」
化物は陸を無視し、何か考えるかの様に顎に手を当てている。動作は人間そのものだ。
突然化物がバッと顏を上げ、振り返った。
「来タカ…」
格納庫の入口には何故かピチピチのシャツにスパッツ姿、身長2m近いムキムキな男性と、少し小柄な茶髪の青年が。こっちの方は陸とタメ位か。
二人が駆け出すのと同時に、化物は陸の首を撥ねようと腕を真横に振った。
「あっ!!」
茶髪の男が短い叫びを上げ、走る脚を速めた。
化物の腕(から伸びる糸)が陸の首に到達する直前、奇跡は再び起きた。
モノクロに染まる世界。座っている体制だった陸は寝転んだ。
今回はモノクロな時間は短く、寝転んですぐに世界が元に色付いた。
再び空を切る化物の腕。化物は勿論、走っていた二人の男達も驚愕の顏をしている。
だが二人は走る速度を緩めず、化物に突っ込んだ。
そこには、陸の望んで止まない非日常があった。