#5 日常の終焉(後編)
昼食を食べた後の授業は眠いし退屈だ。
陸は頬杖をついて窓の外の景色を何となく見ていた。
(あ〜ねむ…。寝たいけどこの先生寝たら後が面倒なんだよな…。ん?なんだ?)
学校から随分離れた電柱の上に、黒くて細長いものが見えた。
目を凝らしてみるが、遠すぎて何なのかはわからない。
(電柱の太さとあんま変わんないから鳥の類じゃあないな。んじゃなんだ?電線工事でもしてんのか?)
目をずっと閉じていなかったので、暫く目をつむった。再び目を開くと…
電柱の上にいる何かが、先程の場所より2つ手前の電柱の上に立っていた。
(は?…何だ?目の錯覚か??最近疲れてるしな…う〜ん…)
陸は目をゴシゴシ擦ってもう一度目を外へ。すると…
今度は学校の校舎の周囲にある電柱の上に。
「はぁ???」
陸は思わず声を上げた。
すかさず教壇に立つ教師に注意を受けたが、そんなもの陸の耳には届かなかった。
陸はソレを凝視していた。この距離なら姿形は大体は分かる。
(なんだあの化物…。あんなモン今まで見たこと無いぞ…)
陸の目に映るソレは、カミキリムシを人型にした、という表現がピッタリのフォルムをしていた。
ソレは暫く何処かを見ていたが、こっちを向いて動きが止まった。
(ヤバい…見てたの気付かれた!?)
すかさず目を剃らそうと陸は思ったが、何故か目が離せず見入っていた。
(ヤバい…!!何かとてつもなくヤバい!!くそ、何で目が離せない!?)
陸は気が動転していたが、本能的にソレと目を合わせてはいけないと感じた。
だが本能の警告と裏腹に、目は自分の器官で無いかの様にいうことを聞かない。
手にジットリと嫌な汗をかく。どれだけ首に力を込めても、首は石になったかの様に全く動かない。
「陸、どうしたの?顏真っ青だよ?」
前の席の楓が小声で話し掛けてくるが、声さえ出せない。
「何見てるの?」
そう言って楓は窓の外を暫く見ていた。
「ねぇ?何見てるの陸?」
すると電柱の上にいた怪物は羽を広げ、こちらに向かって飛んで来た。
「や…ばい…」
声を振り絞ってそれだけ言えた。
怪物はゆっくりと、だが確実にこっちに向かって来ている。羽を広げたその姿は虫そのもの。焦っているのに頭は妙に冷静で、(あぁ、やっぱ虫なんだ…)とか余計な事を考えてしまう。
「陸?何がヤバいの?何も見えないけど…もしかして寝ぼけてる?」
楓は窓の外をもう一度見て、苦笑しながら言った。
(楓には見えて無い!?)
どんどん近づいて来る怪物はとうとう目の前にまで来ていた。
予想通りと言うのは変な気もするが、カミキリムシに似てる。触角生えてるし、とりあえず虫だろう。赤く濁っている目が俺の目を見て、じっとしたまま動かない。
「五所瓦、お前何やってんだ。授業聞いてるのか!!」
教師の憤慨する声が聞こえる。誰もこの怪物に気付いてはいないと陸は確信した。これが見えるのは己だけどはないか、と。
ビリビリと感じる刺す様な威圧感。肌が総毛立ち、冷や汗がタラリと頬を伝った。
それでも目は離せず声おろか呼吸も浅くままならない。
怪物の口(?)がギチギチと 音を立てて開いた時、陸は奇妙な音を聞いた。
それは金属を擦り合わせる様な、黒板を爪で引っ掻いた様でもある不快な音だった事は朧気に覚えている。
怪物は、
「我ガ見エテオルノカ?」
と言った気がする。それと同時に昨日の夜感じた以上の悪寒が全身を駆け巡り、陸は意識を失った。