#11 戦闘・その後〜3つの質問、その1〜
マリンが化物にトドメを刺す光景を陸は信じられないものを見たかの様に固まったまま呆然と見つめていた。
「何だ…それ…」
マリンの手の平から垂れていた血は、床に水を溢した時に出来る不恰好な水溜まりの様な形で凝固していた。
「これがアタシの能力よん♪詳しくはまた今度ねぇ♪」
「それより…今度は本当に死んだのか?」
「あぁそうか。五所瓦君は『剛魔』が絶命するところを見るのは始めてなんだな。コイツラは死ぬと泡となって消える。原理は未だに解明出来てはいないがね」
黒峰は鎖を消すと、陸の方に歩いてきた。
「それにしても桐崎君、先程の攻撃は見事だった」
「せやろ〜♪でも設置型やさかい、相手が動かれへん状況を作らなアカンからな〜。使い所を考えて使わなアカンのが難点や」
「隊長〜♪アタシは?アタシも誉めて欲しいわぁ〜ん♪」
「ああ、マリン君も見事だったよ」
「イヤ〜ン♪アタシ褒められちゃった♪」
そんな会話を聞き流していた陸の足に激痛が走った。
「痛って…!!!」
「あっ…その…すいません…。足の骨を…その…正しい方向で…くっつけないと…いけないんで…我慢して…?」
一之瀬と呼ばれた少女は、一連の攻撃の間ずっと俺の傷を癒してくれていた。残るは折れた右足のみなんだが…無理矢理ひん曲がった足を真っ直ぐにされると激痛が走る。
「…この程度で騒ぐとはみっともないですね。私がやりましょう」
圓谷は陸の右足をむんずと掴むと、容赦無く元の方向に修正した。
「痛ってぇ〜〜〜〜!!!!!!!何しやがんだ!!!」
「何って治療の為です。いちいち騒がないで下さい」
そう言って圓谷は陸の折れた右足を叩いた。
「いぎっ…!〜〜〜〜!!!!」
陸は声にならない叫びを上げて悶絶している。
「茜、治療を続けて」
「あっ…はい。それじゃ…」
そう言って茜は陸の折れた右足に手をかざす。薄桃色の淡い光が陸の足に当たり、ぬるま湯に浸けた様な心地よい温かみが伝わってくる。
「キミの能力は…癒しの力なのか?」
陸は問う。
「えと…正確には…治療と探知の…能力を…その、持ってます」
「へぇ〜。2つ使えんのか」
「えと…はい。探知の能力は…専門の能力者に比べたら…大したことは…無いですけど…」
何故か頬を染めて照れる茜と呼ばれた少女。一之瀬 茜がフルネームだろうか?
「普通、能力者は一人1つしか能力を持てないんス。でも茜ちゃんは特別なんスよ〜」
「へぇ…そうなのか…………ん?んじゃムキムキ男は?コイツも2つ能力を持ってるのか?」
「アタシはマリンっていうの♪ムキムキ男なんてキモイ呼び方しないで。アタシは能力の使い方が上手いの♪一応…能力は一つ、よん♪」
「…。能力は使い方次第で応用が効くって事か?電気が流れた時に副産物として熱や磁力が生まれるみたいに?」
「あら、案外理解が早いのねん♪アタシ頭のいい子も嫌いじゃないわぁ〜ん♪」
陸は一瞬、このムキムキオカマの顔面が原型を留めなくなるまで殴り続けられたらどんなに気分がいいだろうと想像した。
それにしても何故陸は襲われたのだろうか。そしてコイツらは一体何者で、何の為に化物と戦っているのだろうか。今更ながらに、陸の全身を恐怖が這い回る。
先程の戦闘について話をしている黒峰達に向かって、陸は自分が恐れを抱いている事を悟られないよう、できるだけ感情を殺して言った。
「…。そろそろ話して貰おうか?剛魔の事やアンタらの事、何故狙われたのが俺なのか…。聞きたい事は山ほどある」
陸以外の全員が沈黙して黒峰を見る。
黒峰は顎に手を当て目を瞑り、暫く思案する素振りをみせた。
「ふむ…。五所瓦君が何らかの能力に目覚め始めているのは確かだからな…。隠蔽を行うよりはこちら側に引き入れてしまった方が戦力の増強も出来る…」
「楽がしたいだけなのでしょう?黒峰隊長、貴方の魂胆はみえみえです」
圓谷は冷ややかな口調で皮肉る。
「あはは…バレた?いや〜実際さ、隠蔽諸々ってお金掛かるしね?戦力が増えたら僕がラク出来るしね?悪く無い案だと思うけどね〜」
「まぁ確かに、能力が目覚めかけたまま放って置くのも危険やしなぁ。ウチはそれでええと思うで?役に立つか立たへんかは入れた後に様子見ればええ話やし」
「自分は五所瓦君?は結構やり手だと思うッスよ。さっき剛魔の攻撃を避けるの見たッスから。それに見えない刀の正体が分かったのも彼のお陰ッスし」
「確かに…そうだったわねぇ♪あれだけの至近距離で回避出来たんだもの。身体能力はそれなりに高いでしょうねぇ♪」
「一之瀬君、君はどう思うかね?」
「私も…桐崎さんと…同意見…です。放置しても…彼は危険に晒され…続ける…のが…関の山でしょうし…。それならいっそのこと…仲間内に…して…しまった方が…彼は安全…かと」
どもりながら話す茜。一番幼いはずなのに一番まともな意見なのは何故だろう…。
「ふむ…確かにそうだな。で、圓谷君。君はどうだね?」
「…ただでさえ人不足なのです。反対する明確な理由が浮かびませんね。最悪、雑用にも使える訳ですし」
「雑用だァ?俺が役立たずだとでも?」
「…可能性の話です。とはいえ、現状では雑用の線が濃いですけど」
「んだと?人が黙ってりゃ好き勝手言いやがって…。性別不詳なヤツに言われたかねぇよ」
「…………………な、んですってえぇえぇぇ!!!!そこに直りなさい!!!いますぐ貴方の首を撥ねて差し上げます!!!」
こめかみに青筋を浮かべ、怒りに震えながら刀に手を掛ける圓谷。
「ち、ちょっと落ち着くッス!!」
「落ち着いてなどいられるものですか!!!見ず知らずの男に、せ、性別不詳だなんて…!!!」
陸は圓谷を無視して黒峰に向き直った。
「とりあえずこの場の全員からお誘い?があった訳だが…まずは色々と話して貰うぜ?じゃないと割に合わねぇ」
「ふむ…面倒だが……いいだろう。まぁ今すぐ引き入れる訳では無いから、この場では3つまでなら君の質問に答えよう」
(チッ。3つかよ…。考えろ…コイツラから今引き出せる最低限必要な情報を引き出すんだ…。細かい情報はコイツラの仲間になった後にでも手に入る。まずは…コイツラが何者か、だな)
「んじゃまず1つ目、アンタ達の名前と所属する組織名、その目的を教えて貰おうか」
「ふむ…。質問が1つではなく3つになっているが…まぁサービスしておこう」
「私達が所属する組織名の正式名称は『剛魔討伐対策本部』だ。まぁ通称は『闇螢』。もしかしたらこっちの方がメジャーかもしれないな。正式名称なんて非公式会合くらいでしか使わないからね」
「そしてその『闇螢』は政府公認の組織だ。違うか?」
「鋭いが惜しいね。だが観点は悪く無い。政府公認なのではなく、政府が作った組織なんだ。その歴史はそれなりに古くてね、文献によると平安末期からあるらしい」
(政府が設立した組織、『闇螢』…。平安末期からあったって事は…剛魔が生まれたのはその頃もしくはそれ以前…。)
「次に我々の目的だが…既に分かってはいるだろうが、剛魔の討伐をメインの目的としている。後は…他国の牽制もそうだと言えるか」
(他国の牽制…。日本以外にもコイツラみたいな組織立った超能力者がいる……!!)
「では簡単な自己紹介をするとしようか。私は先程も名前は言ったが…黒峰 影月だ」
180センチを裕に越す中肉中背の体に短めの黒髪ではあるが、どこか中世の北欧人を彷彿とさせる顔つきをしている。歳は30前後に見える。
「自分は諏訪 京介ッス」
歳は陸より僅かに上だろうか、明るめの茶髪に誠司にも負けず劣らずな端正な顔つき。背は少し低めで170には届いていないだろう。細い体に少し猫背なのが特徴的だ。
「ウチは桐崎 加那や。よろしゅうな〜」
陸より少し年下に見えるのは幼さの残る童顔のせいか、はたまた身長のせいか。身長は160センチ程度で、顔つきは綺麗と言うよりは可愛いと言った方がしっくりくるだろう。ナチュラルブラウンの髪が、幼さを一層引き立てている様にも見える。出るところはそれなりに、出なくて良いところはスッキリしているバランスの良い体付きをしている。
「アタシはマリンよ♪ヨ・ロ・シ・ク♪」
2メートルを越える長身にボディービルダーの如く隆起する筋肉。何故か他の隊員が来ている戦闘服(?)は着ずに、ピチピチのTシャツにスパッツというあり得ない恰好をしている。ピンク色に染め上げられた短髪が何とも毒々しい。
熱の篭った瞳で見つめられた陸は、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「…圓谷 円です」
まず目を引くのはその顔立ち。バランスの良い顔立ちは、並のモデルよりも綺麗だ。次に、ポニーテールにされた黒髪。ツヤのあるその髪は、某シャンプーのCMに起用されそうな程だ。身長は170センチより少し低いくらいで、ほっそりとしたモデル体型だ。……一部を除いて。
「えと…一之瀬……茜…です。高校1年生…に…なりました…」
どもりながらも懸命に話す姿は微笑ましい。身長は140センチ程度だろうか、とてもじゃないが、高校生には見えない。むしろ小学生と言われた方がしっくり来そうだ。
(俺と1つ違い!?…ありえねェだろ…)
「…今…私の……事を…。高校生…に…見えない…って…思い…ま…せんでした?」
不審な目で茜は陸を見たが、陸は何も答えない。
(はァ?コイツ…治癒と探知能力しかないんじゃないのか!?何で考えが読めてンだよ)
その様子を見て、近くにいた京介が陸に耳打ちする。
「茜ちゃんは自分が小さいの気にしてるんスよ。だからそういう感情に敏感なんス。気をつけた方がいいッスよ?後が大変ッスから」
「…京ちゃん…何を…言った…の?」
茜の目尻にうっすらと涙が浮かぶ。
「い、いやいや、何でもないッスよ!?」
「…嘘。動揺…してる」
顏を真っ赤にして服の端を掴んでうつ向く茜。
“後が大変”の意味がなんとなく分かった気がした。
そんな茜や京介を無視して、黒峰は事務的に告げた。
「さて、自己紹介も終わったし、1つ目の質問は終了だ。2つ目の質問は何だね?」