08 チキンサンドに恋をする
小走りで二人の後を追う。
廊下の隅にうっすら積もった埃が歩くたびに舞い上がって光りがキラキラと反射する。
「…光りが差し込んで神殿の廊下みたい」
ぽつりと呟いたプラチナにアーサーさんが苦笑を浮かべて振り返った。
「そんなに大層なものではないよ」と返事をされる。
「すいません…思わず、綺麗だったので」
恐縮するプラチナに意外そうな視線でアーサーが「綺麗かい?」と訊いた。
「はい、とても。煉瓦の壁と木で出来た窓から自然光が差し込んで、暗くなりがちな室内を蝋燭に頼らなくても明るく照らしています、素敵です。自然の中で柔らかな空間が生み出されているって感じます」
「…ずいぶん、採光に興味があるみたいだね。お世辞にも立派とは言えない我が家だけど、気に入ってもらえたみたいで光栄だよ」
扉を開け、リビングへと招き入れる。革張りのソファーに案内すると荷物を置いた頃合いでアーサーさんから「お嬢さんはまず、傷を洗った方がいいと思うよ」と言われた。
リビングの隣にあるキッチンには壁際に水が溜められるようになっていて外から常に綺麗な水が引かれていた。
水溜めから水を汲んで、綺麗な布をひたす。膝に巻いていた布を外すと「これは汚れているから捨てるよ」と言われ、ゴミ箱に入れられそうになった。
「ダメですっ! それは私の…手拭いなので」急いでアーサーから奪い返すと綺麗にたたんでポケットにしまいこむ。ポケットがちょっと膨らんだが上からポンポンと軽く叩いて頷いた。
「ごめんね、大事なものだとは思わなくて。ずいぶん汚れてたからてっきり…っと、とにかく傷を洗おうか」
アーサーさんは慣れた手つきで傷口に軽く水をかけた。「染みるかい?」と気遣いながら創部の汚れを丁寧に落としていく。
乾いた布で水分を拭き取ると傷口に軟膏を木べらのような物で塗っていく。最後に薄手のガーゼのような布をあてられて紙のテープで固定された。
「さあ、終わったよ」汚い水を捨てたり軟膏を片付けたりしながらエリックさんが声をかけた。
「ありがとうございます」プラチナも立ち上がると、処置前後で全く痛みの感じ方が違うことに驚く。
「こちらにどうぞ」
アーサーさんが扉を開けてリビングに招き入れてくれた。ソファに座って待っていると、隣に座っているエリックさんがチラリと膝に視線を向けてきた。微かに口元が歪められたように見えたので一体なんだろう?と思ったが、すぐに笑ったのだと気づく。
プラチナはたかがかすり傷をそこまで心配してくれていた事実に、ほんの少し妙な感覚になった。
しかしそれも家に充満している香りを目の当たりにするまでのことだった。
アーサーさんがキッチンから軽食と香草茶の入ったポットを持って来る。
「お二人の口に合えばいいけど」と言いながらローズマリーを練り込んだ香草パンに甘辛く焼いたチキンと畑でさっきもいできたトマトの薄切りに胡椒を振ったものをレタスで挟んだサンドを出す。
カップにお茶を注いだ途端、ラベンダーの香りが部屋中に広がった。
「いい匂いだな」
「でしょう? 僕のお気に入りなんですよ。お二人とも食べながらで結構なので聞いて下さい。お願いした野うさぎの駆除なんですが、家の裏手に畑があって、今召し上がって頂いているサンドのトマト畑がやられています。あと、他にもキュウリやレタスなんかもやられるんですよ」
「…そうですか。そうなるともはや害獣ですね。食べたらすぐに始めましょう」
エリックの発言に同意するように隣で首を縦に振る。
「本当に、こんな美味しい物を荒らすなんて許せませんね!」
プラチナは口元に着いたソースに気づきもせず、決意を新たに意気込む。
二人の会話を聞きながらプラチナはチキンサンドを心ゆくまで満喫していた。




