66 神との距離感
何だか、全てを神樹に持っていかれた気がしないでもないが、自分が姑息に上目遣いなんてするよりも断然効果的なアプローチだったと思った。
全く予想していなかったことだ。
プラチナにとって神樹は生まれつき見慣れた馴染みの樹だから、あんなに恍惚に溢れた顔になるなんて想像もしなかった。
でも、一般に神樹は開帳されることはない。
みな、神樹の根の上に住んでいるが、その姿を目にする機会に一生巡り会わないのだ。
だから、プラチナの言った「ギフト」という言葉は決して嘘じゃない。
ただ、予想を遥かに上回って過剰演出になっただけで。
「ヴァイスさん、泣いてたな」
一般人が神樹を見るとああなるのか…。
自分としてはあんな風に煙に巻くつもりはなかった。
上目遣いや涙といった、安っぽく古典的だが、それでも効果が見込めるであろう方法を取るつもりだったのだ。
「そう…女性にしか出来ない手段、色気と涙と可愛さでね!」
今ごろは自分に対する罪悪感と好意の狭間で悶々とした時間を過ごしていたはずなのだ。
全て、神樹に持っていかれてしまったけれど。
神樹の間から出ると自分付きの神官であるルビナが立っていた。
「お疲れ様です、巫女姫様」
仕事を終えた後のルビナの労いに少し罪悪感を覚えるが、あえて素知らぬ顔で「ええ」と頷く。
自室にたどり着くと、ベッドへ一直線に向かって身を横たえた。
そのまま大の字で仰向けに横になったまま、大きく深い溜め息をつく。
「今日はもう休むよ」
疲労をにじませて告げると、ルビナは黙って一礼すると部屋から下がった。
「…さて」
ベッドの上で横になりながら、今後の方針を考えるが悲しいかな、さして良い案など浮かぶわけもなかった。
大体が、いつでも当たって砕けて、思わぬ方向へ飛び散って行くのがお定まりなのだから。
あのまま、神樹の神々しさにたぶらかされてくれれば、儲けものだろう。
「私には神樹は別にただの木なんだけどな」
信者の皆さんには決して聞かせられない一言を呟くとプラチナはすぅ…と眠りに吸い込まれていった。
翌朝、目が覚めたら湿地に戻っているかもしれないと思ったが、昨日と同じ質素な造りながらに技術と金をふんだんに使った天覆を見た瞬間ここが昨日と同じ場所であることを悟った。
種明かしをすると、神樹が世界を支える働きをしており、それとは余剰の力で時間に影響を与えることもある。
つまり、必要量の源神の力を注がなければプラチナの時間が正しく働くことはない。
しかし、この事実をプラチナは知らなかった。
そのため、時至ればエリック達の元へ戻れるだろう、くらいの認識でしかなかったのだ。
「ルビナ、私は今日から神樹の間に1ヶ月籠るから、食事は転移の魔法陣に入れるようにお願いね」
神樹の間に着いて、入る直前に振り返ってそう告げる。
転移の魔法陣に食事を置いてもらえば、部屋から一歩も出なくても自動でご飯が出てくるのだ。
祈りに没頭すれば5日程度食べなくても水と塩で繋ぐこともある。
プラチナは定期的に神樹の間に籠り、祈りを行う修行を実行していた。
「かしこまりました。厨房にはそのように伝えておきます」
すっ、と頭を下げてプラチナの祈りの行を見送るルビナに小さく微笑むと、神樹の間の大扉を閉ざし、中から施錠して閂をかける。
プラチナが向かう先は勿論、第二の職場だった。
行きがてら、ペンペンと神樹の幹を手の平で数回叩く。
それは、自分が力を注がなくても、もうちょっと頑張ってね、との意味が込められていた。
とても、信者の皆さんには見せられない姿だった。
あとがき
神格化され、崇め奉られても、本人にとっては神樹はでかい木です。
それらしく振る舞うことで信者が喜ぶから、神聖な存在をやっている、という感じです。




