64 迂闊にも程がある
プラチナはいわゆる、騎士の世話役になったわけだが、それでも疑問を感じていた。
何故、自分がこんな場所にいるのか…。
甚だ疑問だった。
ことの発端は自分が付き人になった騎士の後ろ姿を洗濯物の合間からちらりと見てしまったことにある。
一人で門の外に出る姿に好奇心が刺激され、プラチナは泡のついた手を、外したエプロンで拭くと洗い桶をそのままに、そっと後を着けた。
ちょっとした冒険のつもりだったのだ。
自分を殺したいほどに睨み、狂信的なまでに巫女姫を信仰する男の、後をつける。
やがて、男は裏通りへ入り、一軒の店の前で立ち止まった。
男はどこからでも見つけられるほど目立っていた。
蕩けるような黄金の髪に海のような青。
整った顔は、見つめられただけでボーっとなりそうなほど綺麗だ。
そんな男が立ち止まった場所の看板を見るが、プラチナには悲しいかな理解出来なかった。
そこにははっきりと「娼館」と書いてあったが、それが何なのか、見たことも聞いたこともなかった。
黒い髪が美しい女性が一人、一歩進み出て出迎えている。
騎士が口元だけで笑ったように見えたと思う。そのままくるりと振り返ると「出てこい」と言った。
「プラチナ、お前も適当に遊んでいいぞ…かざね、こいつの相手を頼めるか」
自分が後をつけていることなど百も承知だったということらしい。
黒い髪の美しい女性は、かざねと言うらしかった。
表通りを一本外れれば、王都はその裏の顔を見せる。
ここはそれでも比較的治安のいい店だった。
何と言っても名の知れた娼館「薫風」だ。
主商売は売春である。
プラチナは観念して建物の陰からひょっこりと顔を出すと、隙だらけの歩き方で近寄ってくる。
「ヴァイスさん、俺は別に遊ぶなんて…」
「お前の意見は聞いてない。俺が遊べと言えば遊ぶのが騎士付き、つまり従騎士の仕事だ」
洗濯だけじゃないんだ、と言ってさっさと目当ての女性と扉の奥へ消える。
その場には、かざねとプラチナが残された。
「遊ぶって言ったって、何をするってのさ…」
プラチナが困ったように頭の後ろをかくと、かざねさんがクスクスと忍ぶような笑いを漏らした。
「娼館で何をすればいいか分からないなんて。冗談ならあんまりだし、本気なら笑えないわね」
かざねさんはコロコロと愛らしく笑うと、プラチナの柔らかい手を取って店の奥へ引っ張りこむ。
部屋の中には、一つベッドが置いてあり、甘い薫りが漂っていた。
かざねがプラチナに触れる。
吐息が肌にかかって体中にビリビリと不思議な感覚が走った。
「…っん…」
プラチナが身をよじって距離を取ろうとするが、かざねが強い力で抑えこむ。
ベッドに縫い付けられて身動きが取れない中、無理やり唇を重ねられた。
液体が喉を滑り落ちて嚥下する音が生々しい。
妙に甘い液体が口の中で広がって気持ち悪さに吐きそうだった。
「私に何を飲ませたの?」
仰向けで黒い瞳を見上げるが、かざねはクスクスと笑うばかりだった。
「お前の名前は?」
問いかけに釣られるように視線を向けると、そこにはさっき別れたヴァイスさんが柱に寄りかかるようにして立っていた。
光の加減か、表情は見えない。
「プラチナ・ディアス・エルドラ」
するりと、口をついて出てきた言葉にプラチナが口を塞ぐ。
自分には答えるつもりはなかったのに…。
「本名を聞いている。名前は?」
「…プラチナ・ディアス・エルドラ」
何度聞かれてもこれ以外の名前は持ってない。正真正銘、本名だ。
ヴァイスさんは眉を軽く寄せると、「軍に入った目的は?」と重ねて問われた。
「ガルシア男爵家の陰謀を潰すため」
するすると出てくる言葉に、プラチナは必死の思いで口に手を当てる。
塞いでも、閉じても、言葉が意思に反して出てきた。
「ガルシア男爵だと? お前、どこの組織のものだ?」
「私は、神殿の人間です」
「…神殿?」
言いながら心の中で自分に精一杯の罵倒を浴びせるも、口は閉じてくれない。言葉は止まってくれない。
プラチナは言いながら、涙がうっすら滲んでくる。
「神殿で、巫女姫の名前を名乗る、だと?」
仰向けのままで、ガラスのような目を向けるとプラチナは「はい」と頷いた。
ヴァイスさんの目が一杯に見開かれ、口元を覆うように大きな手のひらで塞ぐ。
無言で仰向けに横たわるプラチナのベッドサイドまで寄ると、手を軽く無造作に振った。
プラチナの掛けていた魔法がするりと滑り落ちていくように解ける。
茶色のありふれた髪は輝くばかりの白金に、黒い瞳は月夜の湖のような紫に。
どこにでもいる平民の、ありふれた普段着は白の絹地に神樹の刺繍が施されたものへ。
「……っ!」
思わずその場に膝をつき、両手で顔を覆った。
目の前で横たわる少女はまさに、神樹の巫女姫「プラチナ・ディアス・エルドラ」その人だったからだ。
「すっごく綺麗な子ね。かかってた魔法も本当に教科書通りの癖のないものだったし…。お貴族様のお忍びかしら、と思っていたけど」
何者なのかしら?と呟くかざねにヴァイスが背を向けたまま片手を振った。
それを受けて、かざねが小さく肩をすくめると部屋から出ていく。
いまだ焦点の合わないプラチナに目を向けると、心の底から深く溜め息を吐いた。
あとがき
やっと更新出来ました。もしも、読んでくれてる方がいらっしゃるなら、お待たせして申し訳ありません。
仕事で予期せぬ移動があったり、無事に元の部署に戻ってこれたり、あとは細々としたことやら色々ありまして。
正直、もう無理かもと思いましたが、首の皮一枚で繋がってた感じです。
リハビリがてらなので面白くないかもしれないことが不安ですが…。
いつかは、主人公無双を書くことができる日が来ると信じて頑張っていきたいです。




